無名競技、整わない環境…でも楽しくプレーする

「世界一激しいスポーツ」オーストラリアンフットボール

国内団体7チームの一角 専修パワーズ

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 オーストラリアンフットボールは楕円形の競技場でアメリカンフットボールやラグビーボールのような楕円球を操る球技だ。ボールをパンチする「ハンドパス」とボールを蹴る「キックパス」の二つの方法でボールを運び、ゴールを目指す。蹴る、走る、跳ぶといったプレーからラグビーのようにぶつかりあうコンタクトプレーまであり、「世界一激しいスポーツ」とも呼ばれる。日本ではあまり馴染みのない競技だが、オーストラリアでは160年以上プレーされている伝統的なスポーツで、2016年時点で2600以上のチームで140万人以上の選手がプレーしている。これは同国のサッカーの競技人口を上回る数字だ。
 日本にもオーストラリアンフットボールの競技団体は存在するが、活動しているチームは7チームのみ。そのうちの一つに専修大学の学生チームがある。「専修パワーズ」だ。パワーズは専修大学の公認サークルとして活動しながら、この競技団体「日本オーストラリアンフットボール協会」(AFL Japan)に所属し、社会人チームに混ざって試合をしている。選手44名、マネージャー17名とAFL Japanに加盟するチームの中では規模の大きなチームではあるが、活動に際して劣悪な活動環境や選手集め、財政面などで問題に直面している。

「専用の競技場がない」 

専修パワーズの渡邊暖斗さん(2022年8月30日10時4分、神奈川県川崎市高津区)野見山拓樹撮影

 「日本にはオーストラリアンフットボールの専用グラウンドがない。そこが特に辛いです」とパワーズの選手としてプレーする専修大学文学部英語英米文学科2年生の渡邊暖斗さん(20)は話す。本来であれば長い径が185メートルの楕円形グラウンドで競技が行われる。しかし、日本にはオーストラリアンフットボール専用の競技場がなく、AFL Japanの公式戦はサッカーやラグビーの競技場で行われている。サッカーやラグビーの長方形のピッチにマーカーで楕円形を描き、簡易的にフィールドを作っているため、公式戦にもかかわらず規格通りの広さで試合を開催することができない。
 また「オーストラリアのように大きなグラウンドを使えないため、公式ルールの1チーム18人ではなく1チーム9人で試合をしている」と、プレー人数にも影響が出ていると渡邊さんは明かした。さらに、オーストラリアンフットボールは高さ6メートル以上の「ゴールポスト」と3メートル以上の「ビハインドポスト」を使用するが、それも日本にはなく、高さ1.5メートルほどの低いポールで代用しているという。
 AFL Japan普及育成担当の榊道人さん(39)は人数が減っても競技の楽しさは失われないと話す。9人制で競技を行うことについて、「(プレー人数が減ると)高い戦術性やスキルがなくても得点が入りやすくなるため、良くも悪くもプレーが単純化される」と分析。「試合展開が早く、次々とゴールが生まれるリズム感のある試合になる」と9人制ならではの良さも示した。一方で、「専用のグラウンドがなく高いポストを立てることができないため、審判のゴールの判定は難しくなる」とやりにくい点もあるという。「専用グラウンドを持ちたいが、協会の規模が小さく維持管理まで行き届かない」と厳しい表情を浮かべた。

劣悪な練習環境

オーストラリアンフットボールのボール。ラグビーのボールより小さく、アメリカンフットボールのボールよりも大きい。(2022年8月30日10時56分、神奈川県川崎市高津区)野見山拓樹撮影

 パワーズの練習は週に2回、川崎市高津区の宇奈根多目的広場で行っている。しかし、フリスビーを使用したスポーツ「アルティメット」の競技団体などと同時にグラウンドを使用するため、複数団体で共同使用となる日がほとんどだ。「広いスペースを確保することがなかなかできないので、実戦形式の練習はほとんどできていない」と練習環境にも困っていると渡邊さんは明かす。取材した8月31日の練習でも、アルティメットの団体と場所を分け合っていたため、グラウンドを広く使うことができない状況だった。また、この宇奈根多目的広場は地面がでこぼこで、ボールがイレギュラーにバウンドすることも多い。「決していい環境ではないですね」と渡邊さんは吐露した。

 「金銭的余裕もないので、予約制のグラウンドはなかなか使えない。大学のグラウンドを使いたいが、大学側に問い合わせたところ『部活以外の使用は認めていない』と許可をもらえなかった」と渡邊さんは嘆いた。大学公認団体ではあるが、あくまで「サークル」。大学の施設を貸し出してもらえず、厳しい環境での活動を強いられている。

 榊さんも「使っていないグラウンドがあれば貸してもらいたいが、自治体の規定で貸してもらえない」と嘆く。多くのグラウンドは使用用途が定められており、オーストラリアンフットボールは使用可能な競技に含まれていないという。「維持管理をするから使わせてほしいという話はしているが、なかなか聞いてもらえない。そうなると広場を使うしかなくなってしまう」。練習環境の改善は難しいとの見解を示した。

選手の勧誘にも苦労

パワーズが練習に使用している宇奈根多目的広場。地面はならされておらず、芝生も整備されていない。(2022年8月30日10時38分、神奈川県川崎市高津区)野見山拓樹撮影

 渡邊さんも「オーストラリアンフットボールは大学に入るまで知らなかった」と話すように、大半の選手が大学入学後に初めて競技を知ったという。パワーズはメンバーの勧誘を熱心に行っており、大学主催の勧誘イベントだけでなく、「ガクサー」というサークル情報サイトも活用してメンバーを集めていると渡邊さんは話す。「特にマネージャーを集める際には助かっている」と一定の効果は表れているという。しかし「大学生のサークルは楽しいもの、遊ぶもの、という印象があるが、私たちは日本一を目指して真剣に競技に取り組んでいる。そのことで人が集まらないこともある」と、選手の勧誘には苦労していることを明かした。

 パワーズだけでなく、AFL Japanの他のチームも選手不足に悩まされている。榊さんの話によると、イースタンホークスという社会人チームでは、試合が可能な人数が揃わず16日のパワーズとの試合が開催できなかったという。R246ライオンズという社会人チームは、人数不足を理由に、パワーズなど大半のチームが参加している同協会のリーグ戦「Aリーグ」への参加ができていない。プレイヤーが少ないことで、リーグの運営に支障が出ているというのだ。

高額な用具 かさむ遠征費用

練習するパワーズのメンバーたち。広いスペースを使えず実戦練習はできないため、狭い範囲でパス練習や連携の確認などに留まる(2022年8月30日10時35分、神奈川県川崎市高津区)野見山拓樹撮影

 金銭的負担の大きさは、パワーズ選手たちの大きな悩みになっている。公式戦を戦うためにはAFL Japanの一員である必要があるが、登録費用として年間6万円を協会に納めている。また、ボールの値段が約1万円と高額で、チームの財布を圧迫する要因になっている。さらにユニフォームやスパイク等の道具代、公式戦の遠征や合宿等で発生する費用など、個人にかかる負担も大きい。特に公式戦は試合会場が越谷や浦和、逗子など遠いため、遠征費もかさんでしまう。
 部費は部員1人につき年間5000円を徴収しているが、それでも財政的に苦しいという。部費の値上げも検討したものの、渡邊さんは「サークルだから部員間で熱量の差がある。サークルとして活動している以上、あまり熱心でない部員の意見も聞き入れる必要がある」とサークルとして活動しているがゆえに値上げに踏み切れないことに触れた。「熱心にやっている部員もアルバイトをする時間が限られており、そういったことから値上げが難しくなっている」と厳しい表情を見せた。

それでも楽しくプレーを

プレー中の選手たちは終始笑顔を見せていた。左から姉帶洋樹さん(20)、渡邊さん、坂井聖哉さん(19)(2022年8月30日11時20分、神奈川県川崎市高津区)野見山拓樹撮影

 マイナースポーツ、サークル活動、学生。様々な要因から困難に直面している専修パワーズ。それでも、「マイナースポーツであるため、(選手の人数が足りずやむをえず)合同チームを組むことがある。その際に他チームの全く違う立場の人と関わることができる。協会の方との交流も生まれ、様々な人とのつながりができる。そこが本当に楽しいです」と渡邊さんは声を弾ませる。榊さんは「プレーの選択肢が広く、身体が大きくない選手でも活躍できる。不得意な部分よりも得意な部分に目を向けてプレーができるところが魅力。マネジメント能力のようなプレー以外で必要な能力も伸ばせる」とオーストラリアンフットボールの魅力について語った。