異例の指名で学生コーチに

選手ファースト 支える裏側

母「挫折して良かったね。本当に成長した」

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 学生スポーツ界にはマネージャーとは少し異なる縁の下の力持ちがいる。それが「学生コーチ」だ。主に練習の補助やアドバイスをするなど選手らのサポートを担う。怪我を理由に選手から転向する場合が多い。専修大学の4年生で野球部に所属する髙﨑大和さんも、学生コーチとしてグラウンドに立つうちの一人だ。千葉の名門、専大松戸からプレーヤーとして進学を果たした野球青年だが、ある日をきっかけにこうした形でチームに貢献することになる。それは突然の指名だった。

「学生コーチという手段はないか」

試合前のアップで、声出しを担当する髙﨑さん。チームの雰囲気を盛り上げている。(2024年5月9日、川崎市の等々力球場)小山明香撮影

 大学3年の夏キャンプ。髙﨑さんは参加を躊躇っていた。プレーヤーとしての前途は厳しいと考え、就職活動を控えたこの時期、企業のインターンシップに行きたいと考えていたからだ。だがキャンプを辞退することは、最も優先順位の高いはずの野球を二の次とし、距離を置くことを意味する。究極の選択だったが、一度野球から離れることを決心し、インターンに参加することを理由に実家に帰省した。
応援してきた家族にとって受け入れ難い報告だったが、両親とも親身になって決断を受け入れてくれたという。だが、インターンを終えて寮へ戻る日、家族で夕食を囲んでいた最中に母からもらったのは「諦めるのは早いんじゃない」という言葉だった。「私たちは大和のファンだから最後まで諦めて欲しくない」。選手として挽回し、もう一度グラウンドに立ってチームに貢献してもらいたい想いがあった。本人も、それが家族の本当の気持ちだとわかっていた。それに応えたいと思った。母に「戻ったからには、監督に『やります』って伝えます」とだけ答えた。
部の練習に戻ると、髙﨑さんたち3年生は齋藤正直監督の元に集められた。そこで髙﨑さんに告げられた一言に彼の運命は揺るがされる。「学生コーチとして貢献してくれないか」と打診されたのだ。この時、返事はしなかったものの「心の準備はできていた」。数日後、心を決めた髙﨑さんは監督の元へ行き、コーチとしてチームのために出来ることを綴った作文を手渡す。内容は「長谷髙内野手コーチの補助が一番いいかなと思って書いた」。この文章は監督にも高い評価を受けたという。髙﨑さんは長谷髙コーチのサポートを徐々に務め始める。新チームが始動した11月頃には本格的に学生コーチとなっていた。

練習ではノックなどを打って、選手らのサポートに徹している。(2024年6月22日、専修大学伊勢原グラウンド野球場)西里颯さん提供

一転した野球人生で得られたもの

 大学では紆余曲折の髙﨑さんだが、それまでは順風満帆な野球生活を送ってきた。中学では日台国際親善大会やシニアリーグの関東選抜に出場。高校時代は1年生からレギュラーで活躍し、3年次には副主将を務めた。
それに比べ今回、大学で経験したことは苦いものだが、「自分をより客観視できるようになった」と話す。それまでは「出られていない人のことを気づけていなかった。補助の人がいたのも事実で、そういう人に目を向けられなかったのが悔しい」と歯がゆい気持ちをさらけ出した。自分のことで精いっぱいだったとはいえ、振り返れば悔やまれる。小さく頷きながら当時と向き合った。
今では「大学生になって知れたのはタイミングだと思う」と、立場が変わったことを前向きに捉えている。また、母親からも「本当に成長したね、挫折して良かったね、どうしちゃったの——と言われる」そうだ。ずっと見守ってきた母親も変化を実感していた。

髙﨑さんは、後輩とのコミュニケーションを欠かさない。内野手の谷頭太斗選手(たにがしらたいと)と守備について語り合う。(2024年6月22日、専修大学伊勢原グラウンド野球場)取材当時副主将の西里颯さん提供

球友との意外な過去

 彼をよく知る人物はもう一人いる。高校から共にプレーしてきた平田健眞(ひらたけんしん)投手だ。二人の間には高校時代の少し変わったエピソードがある。平田さんは当時、髙崎さんから練習の度に「だいぶ叱咤してもらいました。(自分の態度が)酷かったので、ちゃんとやれよって言われても、(自分は)舌打ちして帰るっていう。そんな感じだったので、結構手を焼かせちゃっていました」。自身の過去を思い出し、呆れて失笑した。

 専大松戸高校で過ごした日々を懐かしみながら、話題は髙﨑さんの現在に移る。 「高校はメインで出ていたから人前に立って行動していたけれど、大学はやっぱり人前に出ることが少なかったから、そこで大和の良さを発揮できなかったのかなって思って。そこを評価してもらえていなかったんじゃないか」と考えを巡らせた。そして一瞬の間を挟んでから「大和は人間性二重丸なんで、俺と違って」。どこか誇らしげに、空を仰いではにかんだ。

信念の「選手ファースト」

身振り手振りを混じえながら普段の練習内容や選手との関係性を教えてくれた。(2024年6月22日、専修大学伊勢原グラウンド野球場)西里颯さん提供

 学生コーチになってからチームメイトの相談を受けるようになった髙﨑さん。以前、バッティングスクールに通っていた選手にある提案をしていた。「その人はバッティングスクールで教わることが全てのようだった」。だが、髙﨑さんの目には、普段の練習で得られる助言を取り入れた方が改善につながるように見えた。そこで「起用してもらうには、具体的にどうすべきか『(スクールより普段の練習の助言の)本質を捉えて汲み取ったら自分にしかできないバッティングになるんじゃないか』とアドバイスした。監督にとっては、自分が使いたいという人が欲しいはずだという助言も添えた。

 「当事者は切羽詰まっているからわからない。傍から見た意見を言うから冷静な判断ではないかと思う」。これこそが彼の考える学生コーチならではの目線だ。「自分が選手だったら」と、気持ちを選手に乗り移らせて考えている。

 髙﨑さんには心がけていることがある。「俺は選手ファーストだから」と微笑みながら強調した。「あくまで選手を第一に考えたい」とメンバーへの愛情が垣間見える。

 野球部は昨シーズン、東都大学野球秋季リーグ戦(2部)を2位で終えた。高﨑さんら4年生は引退。学生コーチとして選手の力になれるよう、最後までチームを後押しした。