道は新卒だけじゃない

より自分らしい未来へ

独自キャリア選んだ彼女たちの「これから」

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 「大学を卒業したら、何をしようか」。多くの大学生が考えていることだ。就活、大学院進学、起業、留学…。学生という立場が終わったら、世の中には多くの選択肢がある。大学卒業後に民間企業や公的機関に就職するという道ではなく、独自のキャリアを築くことを選んだ2人の女性達の活動を追った。2人は、お互いが大学生のときに参加した世界一周航空券を獲得できるコンテストで出会う。そして、2023年に大学を休学し、一緒に半年間世界一周をした。これをきっかけにそれぞれ自分らしい生き方を見つけ、現在はそれぞれの道を歩んでいる。

自分を信じ続けた挑戦

将来について笑顔で語る飛田鞠さん(2024年6月9日午前11時50分、兵庫県神戸市中央区)小池佳欧撮影

 「Hidamariという名前で国境や業界を超えて、色々な人にポジティブな影響を与えたい」と満面の笑みで話すのは、現在大学4年生の飛田鞠(ひだ・まり)さん(24)だ。「Hidamari」とは、自身の名前「飛田鞠」と太陽の光や暖かさを連想させる「ひだまり」をかけている。これまで多くの人から影響を受けてきた飛田さんが、次は自分が影響を与える側になりたいという強い意志を持っていた。

この夢を叶えるために、大学卒業後は、国を通した国際交流の一つである「Au pair」というプログラムで2025年の4月からアメリカに住む計画だ。このプログラムでは、インターンシップや研修を行うためのビザ(「J1ビザ」)を得たうえで、現地の子どもの世話をするなどアメリカで働きながら、2年間生活することができるのである。

 この道を選択する理由は、飛田さんが大学在学中、ずっと時間を注いできた絵画制作に関係する。2024年の8月、飛田さんは大阪にあるホテルのロビーで「みちのり展」というテーマのもと、世界一周後に描いた作品の展示会を行った。展示内容は2種類あり、一つは飛田さんが1か月にわたりインスタグラムに投稿した「絵しりとり」という、しりとりを言葉でなく絵で表現した一連の作品。もう一つは、世界一周中に見てきた町の音や景色の様子を抽象化して、正方形のキャンバスにそれぞれを表す色をのせたものだ。飛田さんは「世界一周をして、私が今まで使ったことのなかった色を使うようになり、色彩の幅が広がった」と話す。

 飛田さんには、卒業後に最も取り組みたいのは絵の制作だという思いがある中で、生活が成り立つほどのお金を稼がなければいけないという気持ちもあった。日本でアルバイトしながら制作を続けることもできたが、せっかくならば世界一周中に自分が一度住みたいと思った国に行きたいと考え、アメリカに行くことを決意した。

みちのり展で実際に展示された作品と飛田鞠さん(2024年9月7日午後1時30分、大阪府大阪市港区)小池佳欧撮影

 オーストラリアなどにはアルバイトをしながら生活を送れるワーキングホリデー(ワーホリ)という制度があるが、アメリカにはない。そこで飛田さんが選んだのがこの「Au Pair」プログラムだった。日本で働きながら制作するなら、家賃や食費は自分の負担だが、このプログラムは給料も出るうえに家賃や食費も補助してくれる。また、交渉次第で働く時間も日本より少なくできる可能性があり、制作に十分時間をあてることができるのだ。

 プログラム参加に備えて、さらに英語力を上げるための英会話学習はもちろん、それに加えて保育士資格を取得した。Au Pairに保育士資格は必須ではないが、子どもの世話をするプログラムに参加する上でよりよいスキルを身に着けようと考えたのだ。飛田さんは、大学では保育を専門とした学科教育を受けてはいない。そのため、2024年の10月に行われる試験に、独学で挑んだ。「色々な知識を入れることは、自信に繋がる」。彼女は、多くの目標に到達しなければいけない環境を、とても前向きに考えていた。

 様々な挑戦をしている飛田さんが大事にしていることは、「自分のことを、自分が一番信じる」ということだ。「他人の意見を柔軟に受け入れる事も大事だが、その上で自分を信じるということ」。彼女はここに重きを置いてきた。「(自分の考えを信じる度合いが)ある程度のところまでいくと自分の信念になる。その信念で行動するから、まずは自分を信じることからしないと前に進まない」。自分を信じているからこそ、飛田さんも多くの活動が出来ているうえに、続けられていられるのだった。

みちのり展で提供するコーヒーを淹れている藤原和香奈さん(2024年9月7日午後1時10分、大阪府大阪市港区)小池佳欧撮影

世界一周が私を変えた

 「コーヒーという飲み物で世界の人と繋がりたい」。バリスタの藤原和香奈さん(23歳)は、大学卒業を機に、神戸にあるカフェで働いている。だが社員として雇われるのではなく、個人事業主としてカフェと契約している。カフェで働く時に、正社員か個人事業主として契約しながら働くか選べたが、彼女はフリーランスになる道を選んだ。今後の自分のやりたいことを考えたときに、個人事業主という形が一番納得できたという。

 藤原さんは、大学在学時には就活のことを漠然と考えていた。しかし、2023年の世界一周中の偶然の出会いで、考えは大きく変わることになったのだ。その出会いはオーストラリアで飲んだ、フラットホワイトというコーヒーだ。このコーヒーはエスプレッソコーヒーにミルクを加えており、南半球のカフェ発祥の飲み物である。藤原さんに、これを日本で広めたいという思いが溢れ、次第にコーヒーと人生を共にすることを志し始めたのだった。「今は、コーヒーでやりたいことはどんどん変わっているけど、きっかけはこれだった」。

世界一周中の出来事について話す藤原和香奈さん(2024年7月1日午後4:26、兵庫県神戸市中央区)小池佳欧撮影

 大学卒業後バリスタとして働く今、コーヒーという飲み物で世界の人と繋がりたいというゴールが彼女の中で見えた。そのゴールの形として、コーヒーのテーマパークを創りたいという夢も出来たのだった。バリスタとしてお客さんと関わる中、想像以上に若者がコーヒーという飲み物を敷居の高いものとして捉えていることに気づいた。働き盛りの世代より上の人たちが楽しむだけでなく、もっと若者にコーヒーに親しんでほしいという思いからコーヒーのテーマパークを作りたかった。「もっと若者が楽しめるディズニーみたいな場所をつくりたい」。現在はこの夢を叶えるためコーヒーのイベントに参加するなどして奮闘している。最近では、若者が様々なコーヒーに出会うきっかけづくりのために、ホテルのバーラウンジを利用し、初の間借りカフェKOKORO COFFEEを開いた。そこで、飛田さんが開催した「みちのり展」ともコラボした。コラボメニューとして、個展のイメージに合わせた豆でつくったドリップコーヒーがあった。すっきりとした味わいで、初心者でも飲みやすいコーヒーである。

 夢のために行動することに不安もあるという。個人事業主として働く中で、藤原さんはやりたいことを実現するためには、自らの手で人との関係を築く必要があることに気づく。「私は、人とのコミュニケーション能力がそこまで高くない」と少し不安げな笑顔で語る。コミュニケーションは他者視点に立つことが大事と考えている彼女は、その能力が長けていないことに不安を抱いていた。この能力を鍛えることを、職場では日々意識している。

 もし、今の生き方が正しいのか悩みながら生きている人がいるのであれば、一度自分の思考と本気で向き合って欲しいと藤原さんは考える。世界一周後から、藤原さんも自分のキャリアについて真剣に考えた。自分の思考と向き合うことは、一見簡単なように見えるが、彼女にとって苦しんだ時間だった。言葉に出来ないことを紙に書き、言語化できるまで粘った。藤原さんは「考えていることを書き留めて記録し続けるのは本当に大事。私も考え続けたら、ある時自分の本当にやりたいことにビビビってきた」と振り返る。

【取材を終えて】
「自分」を見るという視点
 2人に共通していた視点は「自分」である。彼女らの道は、自分がどうしていきたいか、自分がどうなりたいかを本気で考え続けて選んだ結果であった。現在、キャリアの選択肢が数多くある中、将来について考えなければいけないことも沢山ある。その時に、自分と極限まで向き合い、自分を信じ、選択していくことが必要だ。
 つまり、「自分と極限まで向き合う」という一見簡単そうに見えることを、真剣に行うことが鍵なのである。藤原さんは「多分、多くの人が自分と向き合っている“つもり”になっている。私も、大学を決める時とかは自分と向き合っている“つもり”になっていた」と話す。そして、飛田さんは自分を信じることを大切にしてきた。つまり、自分と真剣に向き合い続けて、心から納得できた瞬間が一番自分らしいキャリアを築く一歩目になり、その道を自分で信じて進むことが二歩目になるのだ。(小池佳欧)