静岡と東京で役者として活躍している大石樹さんは小学生の時から舞台に立ち続けている。2020年春、東京での活動を開始したところを直撃したのが新型コロナウイルスの流行だった。舞台の公演の形はもちろん、稽古の仕方も大きく変化した。感染対策のため客席は少人数になり、稽古日程は最低限の日数になった。地方公演ではホテルに缶詰めとなり、観光もなし。オンライン配信の公演では、観客の拍手も舞台には聞こえない。厳しい逆境の中でも、大石さんはアルバイトで生活費を稼ぎながらコロナ後を見据え、舞台への出演を続けている。
「ぐんと減った」稽古時間、コミュニケーションの場失う 検査徹底、公演先観光も自粛
大石さんは静岡市出身の24歳。舞台に立ち続けて約15年、「コロナ禍で一番変化したのは稽古態勢だ」と話した。コロナ前は、時間単位の区切りではなく、日にち単位での稽古が行われ、稽古がある日は丸一日稽古となることがほとんどだった。ところがコロナ禍では感染対策のため、出演者が全員集まることなく場面に必要な人のみ、通常一日3時間のみと限られた時間の稽古になった。稽古時間が減り、出演者全員集まることもなくなり、出演者同士の会話は激減した。「稽古後の飲み会もなくなって、オンライン飲み会になったから、家でお酒を飲むことが増えた」と大石さんは話す。舞台を作る上で欠かせない、俳優同士の稽古時間外のコミュニケーションは大きく変化してしまった。
オンライン化は公演そのものにも及び、大石さんが2021年4〜5月に大阪と東京で出演した「文豪ストレイドッグス DEAD APPLE」の東京公演はオンライン配信となった。この舞台は漫画やアニメを舞台化した「2.5次元」と呼ばれるジャンルの人気作品「文豪ストレイドッグス」シリーズの最新作。大阪公演は4月16日から、緊急事態宣言が再び発令されるのではないかという緊張の中で開かれた。大石さんは稽古期間の感染対策について、検温やその日の体調など事細かな項目の記入が必須で、感染対策は徹底的に行われていたと話す。出演者だけではなく演出家や振付師、設備を管理するスタッフ含め「携わる人全員が一人もコロナを出してはいけないと強く感じていた」と大石さんは語った。大阪公演初日の2日前、4月14日にPCR検査で全員陰性という結果を受けて実現した公演だった。大石さんによると公演開始の2日前に現地入りし、移動は劇場とホテルをタクシーで行き来するのみで、会場は大阪城の近くだったが全く観光はしなかった。ホテルも一人一部屋が徹底されたという。大阪公演後、東京公演直前の4月23日に緊急事態宣言が出されたため東京公演はオンライン中継が併用され、最終日にはオンラインだけとなった。
「文豪ストレイドッグス」シリーズは「2.5次元」作品の中でも人気が高く、普段はチケットが即完売し、満席になる。しかし大石さんによると、2021年春の公演は大阪、東京ともに空席が目立ったという。「特に宣言が発令された直後の4月24日の公演は空席が目立ち、かなり寂しかった」。大石さんは遠くを見つめるように語る。特に東京公演で観客を入れないオンラインのみの舞台となった最終日は「観客と共に味わう達成感、多幸感が味わえず、公演が終わったのかどうか曖昧な気分になった」。オンライン配信では拍手は出演者に届かず、観客との一体感は乏しい。「観客を入れてこそ僕たちも楽しんで舞台を作れる」と、改めて感じたという。
持続化給付金で動画配信機材 アルバイトで生活費、コロナ後に希望
大石さんは静岡市民文化会館主催の市民参加型舞台活動「ラウドヒル計画」に参加し、2013年以後いくつもの舞台で主役を務めてきたが、同計画はコロナ禍で昨年から公演を中止している。一方、ラウドヒル計画から生まれた男性8人の演劇チーム「エイトビート」にも所属している。静岡に実在し特攻拒否が議論となった「海軍芙蓉部隊」、南太平洋の核実験で被爆した漁船「第五福竜丸」など地元にまつわるテーマの公演に取り組んできたが、同チームの俳優は全員、厚生労働省の持続化給付金の申請をした。
俳優たちはユーチューブ動画配信のための機材を購入したという。感染リスクを避け、こうしたコンテンツの発信にも力を入れており、ユーチューブでは既に短編の映像作品を公開した。
エイトビートとしての活動を維持するため、俳優たちは家業を手伝ったり、出勤時間に融通が利きやすい会社に入ったりして生活費を稼ぐメンバーもいると大石さんは話す。大石さん自身も、地元のスーパーでアルバイトを続けている。「長く続けているので融通が利きやすいし、ありがたい」と笑顔で話す。大石さんは秋にも公演を3件控え、今後も静岡と東京を行き来し、コロナ後に向けて準備を進めている。