芸術家のYouTube発信を支援

コロナ禍で苦境、川崎市が奨励金

地元拠点の活動 247本アップ

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 川崎市は、新型コロナウイルス感染症の拡大で活動の場を制限されている文化芸術の担い手を支援するため、動画配信サービスYouTubeに芸術活動の動画を投稿するための奨励金を支給した。川崎市に住所か活動拠点がある芸術家を対象に、支給額は1人あたり5万円で、これまでに音楽、舞踏、伝統芸能など計247本の動画がアップされた。支給を受けた芸術家からは「気持ちが沈みそうなとき、とてもありがたかった」「コロナの助成金といっても除菌だけではなく、表現するため必要なことがある」と声が寄せられた。同市は劇場や音楽ホールの使用料の半額助成事業も開始。これらの支援策には、川崎市を音楽文化の拠点にする「音楽のまちづくり推進事業」や、障害の有無に関係なく芸術を楽しむ「Colors かわさき2020展」など、文化政策に力を入れる川崎市の姿勢が背景にある。同市は、コロナ禍で苦境にある芸術家に手を貸すため、異例のスピードで事業を実現したと説明する。

YouTube発信を支援

 コロナ禍で川崎市が支援する芸術ネット発信の場は、YouTube「川崎市文化芸術応援チャンネル」。川崎市文化芸術活動支援事業により、動画を制作した対象者には1人当たり5万円(上限額30万円、1件6人まで)の奨励金を交付した。川崎市市民文化局市民文化振興室で「音楽のまち」推進を担当する湯川緑さんによると、対象者は川崎市内に住所または活動の拠点があり、文化芸術活動で収入を得ている人。

川崎市の支援を受け、YouTubeに投稿されたコンテンツ(白沢真優作成)

 アップされた動画は一般の文化芸術作品が181本、子ども向けコンテンツが66本。いずれも半数以上が音楽を占めた。一般向けで最も多かったのはクラシック音楽(55本)、次いでポップス、ロック音楽(40本)、ジャズ他の音楽(33本)。音楽以外では伝統芸能や舞踊も投稿された。子ども向けでは、一般向けと同様にクラシック音楽が18本と最も多く、次いで演劇(13本)、ポップス、ロック音楽(10本)、ジャズ他の音楽(7本)と、演劇もかなり多かった。

ニュースでコロナが問題になる中、昨年3月27日に文化庁の宮田亮平長官(当時)が発表した「日本の文化芸術の灯を消してはなりません。」というメッセージなどがきっかけとなり、芸術活動の動画公開支援を始めた。「アーティストの支援と同時に、ステイホームの時期で見る機会も減っているため、動画は見る側にも楽しみになる」と湯川緑さんは語った。

実際に川崎市には、音楽、演劇などを上演するグループや団体から「公演やライブが実際にできなくなる」「活動の場がなくなった」という声があった。一方、この事業でアップされた動画の視聴者からは「川崎にこんな色んな人がいるなんて知らなかった」との反応もあった。湯川緑さんは「市役所側と付き合いのないアーティストの方たちがたくさん応募してくれた」と説明し、「人材の発掘ではないですけど、(川崎に芸術家が)こんなにいたんだと、見ている方も思われた」と受け止めている。

 現在、さまざまな施設で公演はできるようになってきたが、感染拡大防止のため客席を半分にするなど、収入が減る厳しい状況は続いている。同室文化政策担当の三田村有美さんは、「川崎市も5月から劇場とか音楽ホールで公演をする方に、会場使用料の半分を助成する事業を始めたのです。資金的につらい方の支援です」と話した。市内にあるホールやライブハウス、劇場などの貸出施設を対象とし、対象事業で会場となる施設の使用料の半分が助成対象の経費となる。

再開困難「食」のイベント

5月31日、取材に応じる川崎市 市民文化局 市民文化振興室の人々。左から彌本あゆみさん、湯川緑さん、三田村有美さん(2021年5月31日、川崎市川崎区の川崎市役所)川崎市撮影・提供

 手探りでイベントが再開される中でも、開催がどうしても難しく中止になってしまったイベントもある。アジアの交流音楽祭はアジアンフェスタという食のイベントと同時開催となるため中止となってしまった。「音楽のまち」推進担当の湯川さんは「食べ物のほう(のイベント)は今年もダメで。去年もだったんですけど、難しいのでできなかった」と話した。アジアの多様な文化が共生している川崎の特徴を活かして、アジアをキーワードとした商業イベントと音楽祭を開催。川崎市内のアジア色豊かな店を中心とした屋台村や商店街イベントなどが予定されていた。しかし、大勢が会場で飲食することになる「食」のイベントは、工夫を重ねても感染リスクを下げにくいため、中止せざるを得なかった。

 アルテリッカしんゆり(芸術祭)について、昨年ゴールデンウイーク期に開催予定だったため、延期にして対応するものもあった。文化政策担当の三田村さんは、「何分の一かの公演になって、動員人数も5千人くらい。すごく縮小して、今できるものはやりましょうということでしたね」と話した。

 コロナ禍の文化支援活動は、市の事業としては例のない速さで臨んだと「音楽のまち」推進担当の湯川さんは振り返る。「市役所は普通一つの事業をやるのにすごく時間がかかるんですよ。でもこれ(コロナ禍の文化支援)って時間との勝負だったので、本当にやると決まってから募集をかけるのとか、市役所にしては異例なスピードだった。ひたすら時間に追われ、制度設計から何から、スケジュール感は結構厳しかった。」文化政策担当の三田村さんは「施設が稼働していて、たくさんの方が来てくれるイベントをやって、たくさんの人がちゃんと来て、喜んでいただいているのを見ると良かったなと思います」と語った。

川崎は文化に力を入れてきた

 川崎市は戦後高度成長期、工業地区として発展したが、近年は芸術の街へとイメージの変化を図り、文化振興事業をすすめている。JR川崎駅そばにコンサートホールの「ミューザ川崎シンフォニーホール」(同市幸区)、小田急線新百合ヶ丘駅近くには小劇場を備えた「川崎市アートセンター」(同市麻生区)など、施設を充実させ、イベントにも力を入れてきた。

 「音楽のまち」推進担当の湯川さんによると、川崎市を音楽文化の拠点にする「音楽のまち・かわさき」の推進事業が始まったのは2004年。ミューザの開館により「世界に誇れるものができたのがきっかけ」だったという。

 ミューザは2000人規模のクラシックコンサートホールを備え、世界屈指の管弦楽団であるベルリンフィルハーモニー管弦楽団をはじめ、世界的な音楽家を招いたコンサートが開かれている。一方で、地元の昭和音楽大学(同市麻生区)とも連携し、音大学生のプレゼンツのイベントを製作したり、毎年ゴールデンウイーク期に新百合ヶ丘駅周辺で開かれている「アルテリッカ しんゆり」という芸術祭では、音楽、映画、演劇、伝統文化など、様々な分野の催しものがあったりと、文化芸術にまつわるイベントが多々ある。

 川崎市アートセンターの映像館では、1930年代の映画のデジタル版から新作まで、世界の多様な映画を上映しており、目や耳の不自由な人のためのイヤホンガイドや字幕付き上映を実施している。また演劇や映画にも力を入れ、小劇場も貸し出して演劇・ミュージカル・ダンス・コンサート・発表会・セミナーなど様々な形態で利用ができる。

障がいある人もない人も

 川崎市の関連団体、川崎市文化財団が展開する「パラアート推進事業」は、障がいのある人もない人もともに文化芸術活動に取り組む環境づくりを進めている。その一環で、障がいのあるアーティスト79名の作品、そして市立特別支援学校の子どもたちの作品が展示されているColors かわさき2020展が昨年の11月に開催された。文化政策を担当する彌本あゆみさんは、「障がいの有無に関わらず、一つ一つのアート作品の魅力をダイレクトにお届けするために展覧会を開きました」と述べた。

 「音楽のまち」推進担当の湯川さんは、「特徴的なのが入札制度で、販売支援として、(展示作品を)その場で売ることは出来ないけれど、別途申し込めるようにして展示していました。普通の画家さんとも違うんですけど、墨彩の何かとか、うちに欲しいなという時に申し込める感じです」と話した。


川崎市文化芸術活動支援奨励金 実施後アンケートから

○素晴らしい演奏技術を持った音楽家は沢山いますが、どうしても活躍する場が限られているため、プロとして活動し続けられる音楽家はひと握りです。今回のようなオフィシャルでの演奏動画配信をすることで、もっとアーティストたちの活動がたくさんの人の目に触れられるように、SNSなど駆使して広めて頂けるとこの上ない喜びです。

○川崎市文化芸術活動支援助成金、ありがとうございました。新型コロナウイルス対策として、というよりも、広く文化芸術活動に対してこのような支援があることを望みます。このような時期ですから、表現の世界では制約や実施不可になり、活動そのものが不可になりつつあります。コロナウイルス対策だけに特化した助成金は、除菌等の事業にしか出せないような認識になります。しかし、皆が求めているものは、殺菌、除菌、防御だけでなく、この中で表現するために必要なことは他にもたくさんあります。

○誰もが経験した事のない、このような状況だからこそ現場の声と支援側とのコミュニケーションが必要だと思います。

○気持ちが沈んでしまいそうな時に、今回のようにご支援いただけたことはとてもありがたかったです。この活動が単体でそれっきりではなく、今後イベントとして生演奏で行われたり、幼稚園保育園、支援センターを訪ねたり、TVKやケーブルテレビ等で放送したりと、繋がっていけるとわたしたち活動側の支援になるのと同時に、地元を盛り上げていけるように思います。この度はありがとうございました。

(このアンケートは川崎市文化芸術活動支援奨励金制度参加者を対象に、市のウェブサイトを通じたインターネット調査として昨年8月以後実施された)


【取材を終えて】

 記者も中高で吹奏楽をしていた。後輩たちの定期演奏会がなくなってしまったという声を聞いて、コロナ禍ではどこもホールを借りられないという状況を実感した。文化芸術の活動をする中で困っている人はまだたくさんいるはずだ。今後もさまざまな支援が広がる社会になることを願っている。(白沢真優)