日本大学藝術学部演劇学科3年の川村帆香(かわむらほのか)さん(21)は、大学に入学した2019年から舞台や映像作品に出演を続け、学生のかたわら俳優としても活動している。その生活の2年目に差し掛かるところでコロナ禍に直面した。オーディションを通過し、出演が決定していた舞台は緊急事態宣言で延期され、仕切り直して開かれた公演も出演者の陽性が判明し、2度の公演延期に見舞われた。流行が深刻化して1年。実社会を知って演技の幅を広げようと、新たにSNSマーケティングのインターンシップにも参加、そこで学んだ技術を生かした事務所経営も展望し、川村さんの目標は広がっている。
「三度目の正直」
2度の公演延期に見舞われたのは、「獅子の如く」というゲームを原作にした舞台。川村さんは2019年12月にオーディションに合格し、出演が決定していた。1度目の延期は2020年4月の公演開始直前に決まった。上野ストアハウス(東京)で4月14日に開演予定だったが、稽古大詰めの3月下旬、緊急事態宣言の発令を受けての判断だった。首都圏に新型コロナウイルス感染が急増しており、不安の声も上がっていたが、本番1週間前まで稽古を進めていた。延期は仕方がないと思おうともしたが、悔しい思いが大きく、リベンジしたい気持ちが強かったという。
その後ようやく決まった公演の新日程は9月末、会場は新宿THEATER BRATSとなった。コロナ対策のため座席数を減らし、稽古日程も短縮され、制約が多い中で準備を続けた。「上演できる喜びを感じながら、菊(川村さんの役名)として生きたい」と気合も十分入り、いよいよ公演が始まるというとき、出演者の一人がコロナ陽性と診断された。9月29日公演開始の6日前、9月23日に公演の中止、延期が発表された。悔しく、やるせない思いが募った。しかし、別の出演舞台も待っている。「誰も悪くないし、誰のせいでもない。この思いは次の現場で晴らします」。自身のツイッタ―でも決意表明し、前を向いた。
ことし3月23日、ようやく「獅子の如く」は公演をスタートすることができた。当初の開演予定から、実際に観客の前で行われるまで1年。「今度こそ見に来てくれる人に会いたかった」と、川村さんの念願も叶った。スケジュールの都合などで、出演予定だったキャストは、当初の3分の1になった。初演から続けて出演することになった俳優も、役の変更を余儀なくされた。そして川村さん自身も、21年3月のこの公演は役を変更しての出演だった。まさに「三度目の正直」。「1年越しの公演は初めてで、久しぶりに千秋楽で思わず泣いてしまった。」と川村さんはしみじみと語った。
コロナ禍で大勢が集まる通常の稽古はできない。参加人数を最小限にするため場面を細かく分けての稽古で、本番に備えた。従来と異なることを乗り越えた達成感も大きかったという。
学生生活にアルバイト 多忙な毎日の先に
川村さんは2019年には9本の舞台に、2020年はコロナウイルスの流行の中でも5本に出演した。舞台や稽古が続く中でも、企業の有償インターンシップに参加し、収入を得ている。カフェでのアルバイトも続けている。
川村さんは今年4月1日から、きゃりーぱみゅぱみゅなど多くのアーティストが所属する「ASOBISYSTEM」に在籍している。学生と俳優に加え、アルバイトやインターンに就業する多忙な毎日を続けるのには、理由がある。お金を稼ぐだけでなく「社会、企業を知りたい」と強く感じたからだ。大学に入学し舞台に出演を続ける中で、大勢の大人に会ってきた。その中で、「言い方は悪いけど、世の中を知らない人が多かった。自分はそうなりたくない。企業に入れば、演技の幅も広がるのではないか」。こう感じて、SNSマーケティングを通じ流行りの食べ物を紹介する企業でインターンとして働いている。他にも、大学内のジャズダンスサークルに所属し、広報を担当しながら後輩を指導しているという。
インタビューの最中では、どんな人がタイプか、恋人との理想の休日の過ごし方など恋愛話も飛び出す。学生、俳優のかたわらSNSマーケティングに精を出す顔とは違う、可愛らしい一面も覗かせた。
「次世代」マネジメントの事務所構想
川村さんは今、舞台人の収入の不安定さや不透明さが気になっている。舞台人の収入となるのは事務所の給与のほか、公演チケットを自ら販売する歩合収入の「チケットバック」や、観客との写真撮影、自らのブロマイド写真販売での収入だ。
ゆくゆくはマネジメントをメインとして事務所を立ち上げたいと計画を進行中。所属俳優と経営者の対等な立場と確かな給料を確保することは外せないと語っていた。ここには、現在行っているSNSマーケティングのマネジメントと重なる部分が多くある。ネット上での流行を生み出す「バズらせ」る技術をインターンで学んでいることから、それを応用して新人俳優の知名度を上げ、経営のマネジメントを行うという。「せっかく磨いたバズらせ技術は生かさないともったいない」。川村さんは次世代のマネジメントを実践する事務所を目指している。