「違いは豊かさ」同世代にも知ってほしい

川崎ヘイトスピーチと向き合う大学生

差別ない社会へ、自分達にできることは

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 在日コリアンを親に持つ大学2年生の中根寧生さん(20)は多文化共生への理解をより多くの人に広めたいと願い、地域一体で「違いは豊かさ」だと教育する大切さを訴えている。中学3年生だった2018年、匿名のブログ上で在日コリアンを差別する書き込みをされ、書き込んだ大分市の男性に損害賠償を求めて訴訟を起こした。昨年5月に東京高裁で訴訟の控訴審判決があり、男性に対して130万円の損害賠償が命じられた。被害者として過ごした4年間を振り返り、「長かったし辛かった」と語る。しかし、苦悩を抱える中根さんの背中を押したのは、同世代の励ましの言葉だった。一方、同じ大学生世代でヘイトスピーチを映像作品にまとめた専修大学ジャーナリズム学科の佐藤萌花さん(21)と林田侑未さん(21)も取材に応じ、重大な問題を扱うことへの苦悩と、作品を通して伝えたいことを語った。

「被害者として闘った4年間の裁判は、長かったし辛かった」 

 中根さんは、在日コリアンに対する差別行為をなくすため、中学1年生だった2015年から桜本を中心に活動している。2018年1月、大分市在住の男性からネット上で差別を受けた。男性は、当時中学3年生の中根さんを名指しし、「悪性外来寄生生物種」「チョーセン・ヒトモドキ」との言葉を並べ、在日コリアンを差別する文章を匿名のブログで投稿した。中根さん側は、発信者情報開示請求により男性を特定、同年7月に侮辱罪で刑事告訴する。

東京高裁での判決後に記者会見する原告の中根寧生さん(右端)と弁護士ら(2021年5月12日、東京・霞が関)中根寧生さん提供

 告訴を受けた捜査で、中根さんは警察署で事情聴取を受けた。差別の過程やヘイトデモについて話す中、「不安で泣いてしまった」という。聴取後、両親と帰宅途中に母親の崔江以子(チェ・カンイヂャ)さんから「私が朝鮮人だからこんな風になってごめんね」と言われた。「何も言い返せなかった」。中根さんは母親の言葉に大きなショックを受け、黙って歩いたという。

 2019年12月、川崎簡裁で男性の侮辱罪の有罪が確定。しかし、男性に命じられたのは9千円の科料だった。中根さんは「9千円払えば、誰でもどんなことでも逃げられてしまう」との思いで、同年3月に損害賠償を求める民事裁判を起こすことを決意。2020年5月に一審横浜地裁川崎支部の91万円の賠償命令を経て、2021年5月に東京高裁は「人種差別に該当し、極めて悪質」と判断、賠償額を130万円とする判決を言い渡した。中根さんは当時を振り返り、「本当に嬉しかったです。この裁判をきっかけにネット上のヘイトスピーチの抑止になると思う」と語る。

 最初に告訴をした中学3年生の冬から、130万円の損害賠償が認められた大学1年生の春まで「被害原告として過ごした4年間は、長かったし辛かった」と話す。この裁判を通して「男性に、自分と家族に直接謝って欲しかった」。しかし、男性は裁判も弁護士任せで出廷せず、一度も中根さんの前に姿を見せていない。

「味方だ」「ありがとう」同世代の言葉が力に

川崎市川崎区桜本で有名な商店街『Lロードさくらもと』。商店街入り口にある食品店の赤い看板には「KOREAN食品専門店」の文字が書かれており、韓国の食品を販売している(左)=2022年7月1日午後1時5分、小林未来撮影

 中根さんは今までの学生生活を振り返り、「仲間に恵まれた」という。現在大学2年生の中根さんは、アメリカンフットボール部に所属する。昨年春、チームの幹部を務める4人の4年生へ東京高裁で裁判があることを伝えた。「自分のやっていることは間違っていない」と勇気を出して打ち明けた。4年生は「同じ部活をする仲間だから味方だし、できることがあったら何でもするから」と背中を押してくれたという。

 また、中根さんは、自身の通う大学の授業内で学生に講演を行ってほしいと依頼された。同世代にヘイト問題について話すのは初めてだったが、これを機に新しい友人ができたという。講演後、中根さんのもとには沢山の暖かいメッセージが届いた。一番印象に残っているのは、「私達のためにありがとう」。在日コリアンであることを隠す学生からもらった言葉だ。

桜本には『川崎コリアンタウン(セメント通り)』と呼ばれる約500mの通りがある。写真は通りの入り口。朝鮮半島の伝統衣装『韓服』を着た男女のイラストが建物に大きく描かれている。(写真中央) 通りには、韓国の食文化の1つとされる「焼肉」を楽しめる店が5店舗ある=2022年7月1日午後1時30分、小林未来撮影

 中根さんの出身地は川崎市川崎区桜本だ。桜本は在日コリアンの集住地区であり、地域一丸となって多文化交流に力を入れている。小学校では、運動会で朝鮮半島の伝統芸能である『プンムルノリ』という踊りを披露し、キムチ作りを学ぶ体験も行われる。商店街には韓国語以外にも様々な国の言語が飛び交い、多文化を理解して暮らすことが「桜本のスタンダードだ」と中根さんは言う。日本には桜本以外にも在日コリアンの暮らす地域があるが、多文化交流を盛んに行う場所は少ない。多文化交流が進まない場所には、自身のルーツを明かせず恐怖を抱えながら暮らす在日コリアンがいる。「私達のためにありがとう」と中根さんに伝えた学生もその一人だった。「彼らが苦しい生活をしないためにも、法律の整備とネット上で行われる差別の更なる規制が必要」と中根さんは改めてヘイト対策強化を主張した。

 講演の最後に中根さんは、ヘイトをなくすため大学生にできることを提示した。ネット上の差別発言を鵜吞みにしない、差別に遭う人を孤立させないなど、一人一人の努力が大きな力になることを強調した。

 中根さんは、差別のない社会を実現するには「教育が一番大事」と語る。「桜本のような文化交流を小・中・高校生と続けていけば、違いは豊かなことだと身体も心も覚える」と、地域一体で違いを尊重することの大切さを呼びかける。

作品にする難しさに直面 映像制作、一時は中断

 専修大学ジャーナリズム学科4年の佐藤萌花さん(21)と林田侑未さん(21)は、ヘイトスピーチ問題を題材にした映像作品『ともに』を制作した。中根さんの母、崔江以子さんや、本を読む市民が駅前に集まって駅前ヘイト街宣を防ごうとする「川崎駅前読書会」などを取材し、ヘイトスピーチをなくすためにどのような活動が行われているかをまとめた作品だ。今年3月20日に開催された東京ビデオフェスティバル(TVF)2022フォーラムで「地域やコミュニティをテーマに取り上げ、制作者独自の視点で問題提起した作品」との評価を受け、「入賞」に相当する『TVF2022アワード』を受賞した。題材を決めた昨年春、2人はまず「崔さんに教えてもらうという姿勢で話を聞きに行った」。すぐに取材や撮影を申し込まず、まず話を教えてもらうという形を取った理由として、「当事者でない自分達が、知ったかぶりをしたまま取材をすることに不安を感じた」と佐藤さんは言う。崔さんの話を直接聞き、2人はヘイトスピーチがいかに重大な問題であるかを知った。「どうやったら作品にできるか考える時間が欲しかった」。この重大な問題を2人の力のみで作品にすることに戸惑い、一時制作を中止したという。夏休み後「崔さん達の助けになれる作品を作ろう」と整理がつき、取材を再開した。林田さんは、「皆さんが差別をしないだけでは既にある差別はなくならない、という崔さんの言葉が強く心に残る」と話す。「後世に続く在日コリアンが普通の生活を送れるように、という気持ちを込めて制作した」と佐藤さんは述べた。

ヘイトスピーチを題材にした映像作品『ともに』を制作した専修大学ジャーナリズム学科4年の佐藤萌花さん(左)と林田侑未さん(右)=2022年6月7日午後4時30分、専修大学生田キャンパスで小林未来撮影

敢えてヘイト街宣を映さない 「ともに」が伝えたいこと

 2人はヘイト街宣も取材したが、作品にはその様子が一切映っていない。林田さんは「ヘイト被害をメインにするのではなく、崔さんや読書会に参加する人達が差別をなくすためにどんな活動をしているのか伝えたかった」と佐藤さんは述べる。取材した人達の言葉の強さを活かし、誰も傷つけない作品作りを心掛けた2人だが、TVF2022フォーラムの審査員からは「ヘイトスピーチをする側の証言も欲しかった」という指摘も受けた。しかし、2人は自分達の選択を後悔していない。差別をなくすための取り組みがあることを伝え、あなたならどう考えるかと視聴者に問いかける作品を目指したからだ。佐藤さんは「日本人の私達が差別を自分事として捉えるのは難しいと思うけど、誰にだって自分と違う人が周りに必ずいる」と述べ、「この作品がヘイトについて考えるきっかけになれれば」と願った。

 林田さんは「崔さんに完成した作品を送った際、作ってくれてありがとうという返事をもらいました。これからも一緒に忘れずにいてほしい、という言葉は強く心に残る」と話す。ヘイト問題の重大さから映像を作ることに大きな不安を感じていた2人だったが、崔さんの言葉を受けて「作って良かったという思いが強くなった」。

 この作品を誰に見てほしいか問うと、2人は「同世代」と口をそろえ、崔さんから教わった「違いは豊かさ」という言葉を強調した。佐藤さんは、留学生や外国人の先生等、自分と違うルーツを持つ人と関わる機会が多い大学生活を挙げ、「違いを尊重することは大学生活を豊かにすることに繋がる」と述べる。林田さんは、同調圧力に弱い日本人の特徴を例に挙げて「違いを認め合うことで、マイノリティーが受ける学校でのいじめや差別を減らすことができると思う」と述べた。