島根県は2018年、インターネット調査に基づきランキングを公表する「gooランキング」で「どこにあるか分からない県ランキング1位」に選ばれた。認知度の低さとは裏腹に、県外から島根県に関わりを持つ人が目立ち始めている。県外から関わりを持つ人は「関係人口」と呼ばれ、地方創生の担い手として期待が寄せられている。神奈川県で生まれ育った専修大学経営学部4年の藤田愛さんも「関係人口」の一人だ。島根県の第一印象は「何も知らない場所」だったと話す彼女だが、現在は島根県のことなら何時間でも語れるほどの島根好きで、4年生の4月からは大学を休学して島根県を訪れ、インターンシップを行っている。島根県と縁もゆかりもなかった藤田さんが島根県のことを好きになったきっかけは、島根県に住む「人」との出会いだった。
「どこにあるか分からない県ランキング1位」島根県
gooランキングによる調査は、gooランキング編集部がテーマと設問を設定し、gooランキングが提供する投票サービスでアンケートを行った結果を集計したものだ。調査は2018年1月8日から同年1月22日の期間で行われ、投票数は合計3783票。2位の岐阜県に60票差をつけた359票が島根県に集まった。島根県しまね暮らし推進課の柳樂和志さん(28)はこの結果を受けて「認知度が低いことを上手くPRに利用していきたい」と前向きに捉えている。島根県は、知名度の低さや人口の少なさを逆手にとった自虐PRを打ち出している。人気コメディアニメの「秘密結社鷹の爪団」の作者FROGMANさんが、自虐的な言葉で「島根県あるある」を紹介する「島根自虐カレンダー」を制作した。FROGMANさん自身、映画の制作スタッフとして初めて島根県を訪れ、人々との交流を機に撮影後数年間島根県で暮らした経験を持つ。2022年版のカレンダーでは、これまでマイナスで考えられていた「人口の少なさ」を「密にならない」という地方ならではの良さとして捉え、単に自虐に留まらない島根県の良さを前面に打ち出している。FROGMANさんは島根県のホームページ内で「自虐PRブームの先駆け」とアピールしている。
「自虐PR」によって隠された魅力を伝えることに成功した島根県だが、一方で人口減少問題に直面している。2020年の国勢調査によると全都道府県のうち島根県の人口は日本で2番目に少なく、鳥取県に次いで67万1,000人を記録した。島根県の「人口シミュレーション2020」によると何の対策も講じなかった場合、108年後の2130年には11万6,000人にまで減少すると予測されている。島根県では人口減少に歯止めをかけるため、令和2年度から6年度の県政運営の指針となる「島根創生計画」を発表した。その中で「人口減少に打ち勝つための総合戦略」として「都市部にいながら地域と関わる人々」の拡大、拡充が挙げられるなど、地域外から「関わり」を持つ人が新たな地域づくりの担い手として期待されている。
知事も認めた「島根愛」
生まれも育ちも神奈川県なのに島根県のことが大好きな専修大学生、藤田愛さんもその1人だ。Facebookを活動拠点に島根県の魅力発信や島根県への愛を語る団体「となりのしまね」の代表を務めている。その島根好きは県知事にも認められ、県外に住み島根県を意欲的にPRする「しまねファン」が任命される「遣島使」に選ばれるほどだ。
自他共に認める島根好きの藤田さんの口から発せられるのはやはり島根県の話ばかり。取材中にも、インターンシップのため暮らしている島根県江津市有福温泉町での生活を「スナップエンドウを買ったらお店の人が『これ私が育てたキャベツだけん』とずっしりとしたキャベツをくれた」という話や、「お店でご飯を食べていたら『どこから来たの?』と話しかけられお裾分けで貰ったトマトを、お裾分けのお裾分けしてくれた」と目を輝かせながら話した。授業を通して藤田さんと知り合った専修大学経済学部経済学科4年の尾藤巧さん(22)は、藤田さんの島根愛を聞いて「藤田さんを一言で表すなら、島根大使。あまり知らなかった島根県が身近な場所に感じられた」と話す。しかしそんな彼女の島根県に対する第一印象は、意外なものだった。
第一印象は「何も知らない場所」
「第一印象は全く知らない場所で、イメージすら湧かなかった」と目を細めながら藤田さんは当時を振り返った。元々島根県に興味を持っていたわけではなく、きっかけは専修大学の通年講義である「専修リーダーシップ開発プログラム」だった。チームごとの学外活動を通じて「リーダーシップ」の基礎を学ぶ講座だ。経営学部とキャリアデザインセンターの共同プログラムとして運営されている。チームでの実践的な活動は学外の企業や受け入れ先によって分けられる。藤田さんが受講した7期生のテーマ活動と受け入れ先は「島根チーム」を含めた6種類。多くのチームは、都内でのハロウィンイベントや杉並和泉明店街「沖縄タウン」でイベントを行うなど、イベントの実施が学生の注目を集めた。藤田さんの「島根チーム」は、講座を受講して島根県との関わりをプレゼンし、同県のインターンに受講料2万円を払って参加する内容でイベントの実施は行わない。そのため、志望者は少なかった。小学生の頃から、人と違うことを選ぶことが好きだった藤田さんは数ある受け入れ先の中から「ここで選ばないと一生関わらないかも」という理由で「何となく」島根県チームに申し込んだ。
チームとして活動をしていく中でも、島根県に関心があったわけではなかった。それを変化させたのは、島根県に住む人との出会いだった。受け入れ先の人に勧められたことがきっかけで、6月に雲南市を舞台にインターンシップを実施する「雲南コミュニティキャンパス」のスタートアップ合宿に参加した。初日の夜には学生と雲南市で企業を経営する大人との食事会も行われた。そこで出会ったのは島根県で飲食店を経営する社長さん。新規事業について、資料をいくつも並べ藤田さんに2時間熱弁した。「君たちと一緒にやりたいんだ」という思いは藤田さんの心に強く響いた。「何の知識も持たない大学生である私にこんなに熱く語ってくれる大人がいるのか。そういういう大人がいる島根県で学びたい」。これまで何となく選んできた島根県を自分の意志で選ぶようになった出来事だった。
想い込めた2通の手紙
島根県をもっと知りたいと考えた藤田さんは、大学1年生の夏に島根県雲南市に本社を持つ自動車部品の金属加工会社、株式会社山光のインターンに参加した。インターン活動中は、社長である足立裕之さん(41歳)と休み時間や終わった後に1時間ほど会話をした。インターン生と学生というよりも友人同士のように親しく接してくれたという。インターンシップ最終日に、藤田さんは茶色い封筒に4枚びっしり書いた便せんを入れて足立さんに手渡した。神奈川県に帰っても「また皆に会いたい」という思いが募り、2回目のインターンシップをもう一度山光に決めた。2回目のインターン初日、胸を高鳴らせながら会社へ向かうと、藤田さんを待っていたのは「おかえり」と振り返る社員全員の笑顔だった。
1回目のインターンシップの時に使っていた傷だらけの名札が大切に保管されていて、自分の帰りを待ち望んでくれていた気持ちがひしひしと感じられたという。2回目のインターンシップ最終日にも、白い封筒に感謝の気持ちを綴った4枚びっしりの便せんを入れて社長に手渡した。社員から言われた「藤田さんとは大学在学中に限らず卒業後も5年後も10年後も関係が続いてそう。なんなんだろうねこれ」という言葉は今も彼女の心に色あせることなく残っている。その言葉通り、株式会社山光の社員や足立さんとは現在も交流が続いておりFacebookなどでやりとりをしている。
山光の社長である足立さんは当時を振り返って「臆さずに自分を出す姿勢が親しみやすく感じられ、ふざけるときはふざけて、やるときはやるというスイッチが自分と似ていた」と藤田さんから渡された2通の手紙を見つめた。
自然や観光地はどこにでもある、でもあの人たちは島根県にしかいない
「島根県の星空はきれいだし、蛙の合唱が聞こえてくる自然も素晴らしいが、観光地や自然は地方に行けばどこにでもある。だけど私が会いたいと思う、あのときの友人やお世話になった人は島根県にしかいない。何も知らない場所から、知っている人がいて、あのときの友人がいるというのが大きな変化だった」。藤田さんは島根県の魅力について力強く語る。現在は「行ってらっしゃい、お帰りなさい」と言ってもらえる関係を作ることをインターンシップの目標として自ら掲げ活動に励む。藤田さんが代表を務める「となりのしまね」では島根県の魅力発信をするというこれまでのコンセプトから、島根が好きなメンバーが島根愛をかたるというコンセプトに変えるなどより島根愛を語れる場にアップデートされた。「島根が好きな人の、島根県と関わる場になって欲しい」と話す。
最近では藤田さんのように、県外にいながら地域に関わるという「関係人口」が注目を集めている。総務省の定義によると「関係人口」とは、移住した「定住人口」でもなく、観光に来た「交流人口」でもない、地域と多様に関わる人々を指す言葉である。地方の人口減と高齢化の改善に取り組むため政府が打ち出した「まち・ひと・しごと創生総合戦略」で、関係人口の創出・拡大が掲げられるなど、地方創生の担い手として期待が寄せられている。
しかし、島根で暮らしながら地域のニュースを外に発信するローカルジャーナリストであり『関係人口の社会学』の著者でもある田中輝美さんは、関係人口に地方創生の担い手として期待が寄せられていることに対して「自分がハッピーで相手がハッピーになれることが大切である」と関係人口の本来の意味を強調した。関係人口に対する過度な期待や、地域側が一方的に消費される関係ではお互いが幸せとは呼べないからだ。地域と都市住民どちらも一方通行ではなく、お互いにとって良い関係を築くことが求められる。藤田さんは「島根県にいる友人や仲間のことが大好きで、友人や仲間が困っていたら助けたいし力になりたい、それが地域活性化に繋がっていったら嬉しい」と話す。
「島根県を知るきっかけに」オンライン開催
島根県から首都圏の人たちへの働きかけは拡大している。島根県で暮らす人々との出会いを通して島根県と自分なりの関わり方を見つけてもらう「しまことアカデミー」が2012年に東京で開講された。公益財団法人ふるさと島根定住財団が主催し、今年で10年目を迎える。2020年からはオンラインで講座を受講できるようになり全国どこからでも参加することが可能になり、同財団の報告書によると、2012年13人だった参加者は2020年には44人に増えた。オンラインでも繋がりを重視したいという思いから「しまコトBOX」という島根県の食べ物や湯飲みなどが入った箱を届けている。講座の事務局を担う株式会社シーズ総合政策研究所の奥崎有汰さん(31歳)はオンラインでの開催について「より地域との繋がり方が広がった。オンラインでも溢れ出る、島根県の人の温かさを伝えられるように受講者の方のサポートを工夫していきたい」と話す。
専修大学でも2022年後期島根県寄附講座が開講される。ローカルジャーナリストの田中輝美さんが専修大学に実際に足を運び講師を務める。構想段階であるが、履修者を限定に実際に島根県を訪れる企画も検討している。島根県しまね暮らし推進課柳樂さんは「この寄付講座を通じて島根県を知るきっかけになって知ってくれたら嬉しい」と力強く話す。