エネルギー問題に直面するキッチンカー

取り扱い減少するプロパンガス

ロシア問題の影響には見方割れる

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 街中でよく見かけるキッチンカーがエネルギー問題に直面している。キッチンカーでの調理にはプロパンガスが欠かせないが、そのプロパンガスの価格が高騰。プロパンガスの原料になる原油や液化天然ガス(LNG)の世界有数の供給国がロシアで、ウクライナ侵攻後の供給量減少や経済制裁による輸入禁止措置で世界の関係業界が大きく揺さぶられた。ロシア問題の影響の程度については関係者間で見方が分かれるが、日本LPガス協会が公表する国内プロパンガス価格は今年、2020年に比べ22〜50%高い値段で推移している。キッチンカーは開業費用が店舗より低く、コロナ禍により店での飲食が難しい時期に注目された一方、飲食業界はもともと競争が厳しい上、最近の食料費値上げも打撃になっているとキッチンカー業界の人たちは話す。

値上がりするプロパン

日本LPガス協会の統計によると、プロパンガス1キロの国内卸売価格は2020年には113.4円だったが、2023年は1月が154.0円、3月が最も高く167.0円、7月が136.2円だった。同協会によると、日本で使うプロパンガスの約80%はアメリカ、カナダ、オーストラリア、中東諸国などの海外から輸入している。

☆プロパンガスとLPガス
プロパンガスはLPガスの一種。LPガスは正式には「Liquefied Petroleum Gas(液化石油ガス)」で、燃料や原料として幅広く利用される、石油ガスを液化したもので、主成分がプロパンの場合はプロパンガス、ブタンの場合はブタンガスと呼ばれている。
☆LNG(液化天然ガス)
天然ガスを冷却し液化させたもの。

 同協会は、プロパンガスを含むLPガスの価格について「国内に蔓延る物価上昇と同じようにLPガスも影響を受けているのではないか」と推測する。ガスの原料になる原油や液化天然ガスの仕入れ価格の他に、円安の影響、海上運賃やタンクローリーなど物流経費、人件費の上昇が挙げられるという。エネルギー問題のシンクタンク、日本エネルギー経済研究所によると、ロシアは世界有数の原油や天然ガスの供給国で、供給減や経済制裁は世界の関係業界を大きく揺さぶったが現時点では消費国の省エネや再生可能エネルギーの導入加速、ロシア産を代替する米国のLNG供給により原油やLNGの価格はウクライナ侵攻前のレベルまでほぼ戻ったという。だがエネルギー価格には不安定要素も多く、今後も世界の情勢を注意深く見守る必要があるとしている。

 結局、国内LPガスの値段が上がっているのは、何が原因でどういうことなのか。
 経済産業省資源エネルギー庁資源・燃料部燃料流通政策室の目黒満雄さんは、国内LPガスの価格について「事業者によって千差万別」と説明する。自由料金制の中で、原料価格がすべからく反映されるわけではなく、薄利多売の事業者もいれば、厚利少売で利益を上げている事業者もいる。利益率の設定はそれぞれの事業者に委ねられていると指摘し、国内価格には海外事情以外に多くの背景があることにも目を向ける必要を示した。

タイカレーのキッチンカーの前に立つ加藤真吾さん(2023年6月15日午後1時51分、東京都中野市中野セントラルパーク)中村綸撮影

まるで「闇の世界」

 都内で22年間、タイカレーのキッチンカー営業を続けるelephant boxの加藤真吾さんは、ここ一年で数回、プロパンガスの値上げを経験し、「(プロパンガスは)カセットコンロよりも高いかもしれない」と話す。加藤さんのお店で使っている8kgのプロパンガスは、この1年の値上げを経て、2400円から3200円になった。都市ガスが経済産業大臣の認可を得た価格での提供を義務付けられ、値上げはすぐにはできないのに比べ、プロパンガスはガソリンや灯油などと同様に自由料金制となっている。そのため、ガス会社や店の判断で価格が変動する。「プロパンガスというのは『闇の世界』だ」と加藤さんは笑いながらこぼした。

屋台文化の延長線上

キッチンカーの仲介業を手がけるカケハシフードトラック代表一條友樹さん(2023年5月27日午後1時23分、千葉県船橋市)中村綸撮影

 キッチンカーが直面する悩みは燃料費だけではない。食材費の原価が上がっていることで苦しむ経営者は多い。加藤さんは「同業者も苦しいと思う」と話す。千葉県でキッチンカーの出店に関する仲介業を行う、カケハシフードトラック代表の一條友樹さんも、キッチンカー経営者が抱える困難として、食材費を挙げた。その上で、経費節減のために食材費を抑えこむことには疑問を示す。「安い食材を使うということは、あまり料理にこだわっていないとも言えるのかなと思う。そういう店は長続きするのかという気持ちもある」と話した。

 飲食店業界は生き残りが難しいと言われている。飲食店の出店・開業・運営に関するサービスを提供する株式会社シンクロ・フードの2016〜2022年のデータによると、閉店した飲食店3133店舗の業態と営業年数から「出店したい業態」として人気のラーメン店とカフェの3年以内の廃業率をみたところラーメン店が62.85%、カフェが61.61%と6割以上となっている。

 厳しい飲食店業界において、キッチンカーは飲食店開業の選択肢として、比較的新しいビジネスモデルだ。キッチンカーは車両と仕込みの場所があれば始めることができる。空きスペースとキッチンカーのマッチングプラットフォームの運営やキッチンカーを活用したイベント事業事業等を行う株式会社Mellowによると、固定店舗を構える場合の開業資金は1000万円程度からだが、キッチンカーは敷金礼金、家賃、光熱費等がかからないため、250万~350万円ほどでの開業も可能だという。そのため、飲食店を始めたいが費用の関係で難しい人が、チャレンジしやすい環境となっているという。

コロナ禍で高まった需要

株式会社Mellowの城後幸代さん(本人提供)

 新型コロナウイルス流行により、オフィス街から人が消えた。稼ぎ時であるイベントも軒並み中止となり、キッチンカーの事業者たちは、これまで主力としていた出店場所を奪われた。Mellowの城後幸代さんは、キッチンカーの強みは、そういう状況でも人が多いところへ移動ができる点にあると話す。客の来店を待つ固定店舗とは違い、来客が見込めそうな場所にキッチンカーを構え、客を取りに行くことができる。コロナ禍には住宅街や大型マンションの近くに出店し、ステイホームで高まる外食需要に応えるキッチンカーの姿が見られた。

 城後さんは、「コロナ禍はすでに飲食店経営を行っている事業者による参入もあった」と話す。固定店舗を開けていても来客は見込めない。キッチンカーでのお弁当販売などが売り上げを支えた。また、キッチンカーは感染症予防の観点から見ても、利点があったという。城後さんは「固定店舗と比べて換気性に優れており、回転率が高く密状態を防ぐことができる。また、販売者との距離が保たれているため、客が安心して利用することができる」と述べた。

失敗は当たり前

 東京都福祉保健局が発表している「食品衛生関係事業報告」の、2017〜2021年まで過去5年分の調査報告によると、東京都で営業許可を取得したキッチンカー、移動販売車の数は増加傾向にある。

 elephant boxの加藤さんは「キッチンカーは増えたが、食えるところはほぼない。9割が多分辞めていく」と話した。「自分が儲けているかと言われると、そんなに儲けていない」という。「以前、キッチンカーブームで国際フォーラムの前にネオ屋台村ができた。そんなブームの中でも、最初に登録した50台のうち、40台がやめている」と振り返った。「そもそも飲食業界は厳しい世界であり、自身のキッチンカー営業は半分趣味のようなものだ」と語った。

 カケハシフードトラック代表の一條さんも、「キッチンカーというのは事業的に厳しい」と話す。「キッチンカーの市場はとても小さく、飲食業界は特に失敗することが普通」「失敗が当たり前であり、失敗を見据えた営業を行うこと、お金をかけないことが大切なのではないか」と笑って話した。