教員不足解消に「ペーパーティーチャー」を

教職就かぬ免許保有者増加

研修講座でやりがい発信

 学校教員が全国的に不足する中、人材の候補として「ペーパーティーチャー」と呼ばれる人々の存在が注目されている。教員免許を持ちながら学校現場に勤めていない人を指し、大学で教職課程を取り、教育実習を経験して教員免許を取ってもなお、一般企業への就職を決める学生も少なくない。背景に教員の労働量の多さへの不安があり、ペーパーティーチャーは年々増加している。文科省の2022年の公表資料によると、公立小学校、中学校、高等学校、特別支援学校1897校で2558人の教員が不足している。

国も対策に乗り出し、今年度の補正予算には教員の働き方改革への事業費が盛り込まれた。教育現場への不安感を解消すべく、ペーパーティーチャー向けに研修講座を行う自治体もあり、教員として働く魅力を発信している。

「過酷」イメージ改善が急務

「日本の教員不足がまさかこんなに早く進むとは」。

 教育法制が専門の一橋大学大学院・中田康彦教授(55)は話す。「アメリカやイギリスでは慢性的に教員不足が続いている。質と量の確保が米、英での課題。しかし、1990年頃までの日本は教員採用試験の受験者数も多く、供給過多の時代が続いた」という。アメリカでは、教員確保に向けた労働条件改善策として「学校週4日制」を導入する学区があるほか、継続して勤務すると最大5000ドル(約67万円)のボーナスが支給されるなど、各州が教員確保に乗り出しているという。

教育法制が専門の一橋大学大学院・中田康彦教授(2023年11月13日午後12時52分、一橋大学大学院西キャンパス中田教授研究室)柞木田彩奈撮影

 日本の教員不足の要因として中田教授は、”教員=ブラック”というイメージが先行している点を挙げる。「教育現場の過酷な労働環境が多く報じられるようになり、教員だけがブラック労働だという風潮が定着してしまった」。しかし一方で、メディアが多く情報発信したこと自体には肯定的だ。「保護者層や地域の方に教員の労働環境について認知してもらえたのは大きい。報道によって待遇改善の動きが社会全体で出た」と話し、教員に対するマイナスイメージの是正を求めた。

 日本政府も待遇改善の対策に動き出した。例えば教員の労働量削減に向けた学校活動支援サービスの導入を予定し、その実証実験として現役教員を対象とした体験会を行う方針で、11月29日に成立した今年度の補正予算にこれらの費用16億円を計上した。これらを含め、教員の負担減に向けた政府の動きに対し「国は思っていた以上に動いてくれた」と中田教授も期待を持っている。「補助教員や部活動指導員の設置などで時間外労働の軽減という方向に進んだ。思いがけない進展だった」と話す。

文部科学省「教員免許状授与件数等調査について」「令和4年度公立学校教員採用選考試験の実施状況第四表」をもとに柞木田彩奈作成

教員免許 職の幅増やすツールに

 教員免許状の大半は、大学などで受けられる教職課程単位の修得と、その大学の卒業とを要件にした申請によって授与される。だが、教職課程を履修している学生に教員採用試験を受験する義務は課されていない。そのため、教職に就かない教員免許保持者­、つまりペーパーティーチャーは以前から多く存在していた。

 教員の普通免許状授与者数から教員採用試験受験者数を差し引いた、採用試験の未受験者数は年々増加している。21年度は52,587人で、13年度28,279人の約2倍にも上った。

 普通免許状:日本全国で有効な教員免許のことで、一般的に呼ばれる「教員免許」は普通免許状を指す場合が多い。その他の教員免許には、専門性の高い社会人に与えられる「特別免許状」、人材難で例外的に与えられる「臨時免許状」があり、いずれも授与した都道府県教委の管轄内のみで使える。

 専修大学ネットワーク情報学部ネットワーク情報学科に通う教職課程履修者の3人も、卒業後は一般企業への就職が決まっている。だが、教員は完全に視野の外という訳ではない。

取材に応じた専修大学の教職課程履修学生 左から寺嶋舞花さん、佐藤壮太さん、湯本麟さん(2023年11月2日午後5時22分、川崎市の専修大学生田キャンパス10号館)柞木田彩奈撮影

 「ファーストキャリアは重要。民間企業でキャリアを積みたい」。こう話すのは、システムエンジニアとしての就職が決まっている寺嶋舞花さん(22)だ。大学2年から教職課程を取り始めた寺嶋さんは、「教員免許を持って将来の選択肢を広げたい」と履修理由を話した。

 神奈川県内の公立中学校で教育実習を経験した佐藤壮太さん(21)も、教員免許を取ることで働き方の幅を広げたいと考えている。そんな中、子どもたちと直に触れ合える教育実習は楽しみにしていたという。参加すると、やりがいを感じつつも教育現場の働き方を肌で感じていた。「教員は退勤時刻を記録してない。1日2時間以上の残業はざらにあった」。

 また、教育実習で現場を見たうえで、教員の仕事内容に削れる部分があると感じていた。「部活動指導の委託をもっと推進したほうがいい」と寺嶋さんは話す。「進路指導や行事準備は学級の仕事に入るけど、部活動は全く別。教員が背負うべきではない」。

 佐藤さんと湯本麟さん(22)は、「職員会議」を挙げた。2人は別々の実習先だったが、ともに週に1度の職員会議が行われていた。湯本さんは「内容は分からないが、2、3時間くらいしていて長いと感じた。違う方法で教員間の情報交換が行えないのか」と疑問を呈した。

「不安を抱える人の背中を押すような講座に」

 教育に関わる人材育成や調査研究を行う神奈川県立総合教育センターでは、「ペーパーティーチャー研修講座」を各年度に3回行っている。今年度は4、9月に行われ、次回は来年2月22日(木)に開催予定だ。

 担当の諸星洋輔さんは、「学校現場に不安を抱える人の背中を押すような講座にしたい」と話す。本講座は2年前から行われていて、受講者数は右肩上がりだ。初年度の21年度は計125人が参加。翌年は30人増の155人が参加した。

ペーパーティーチャー研修講座の会場(2023年9月9日午前10時33分、藤沢市の神奈川県立総合教育センター)柞木田彩奈撮影

9月の講座では、同センターの会議室を37人の受講者が埋めた。3~40代ほどの女性から年配の人まで幅広い年代が集まり、講座開始前から配られた資料に熱心に目を通す。講座が始まると懸命にメモを取る受講者が多く、真剣さが滲み出ていた。

講座では、昨年7月の教員免許更新制廃止に伴う新制度の解説や、現役教員による働きがいについてのプレゼンテーションが約2時間にわたり行われた。「子どもたちの人生の岐路に立ち会えるのは何よりの喜び」と、生徒とのエピソードを交えながら4人の現役教員がそれぞれ自作のパワーポイントを示して語った。

 その後は校種別懇談会が開かれ、小学校、中学校、高校、特別支援学校の4部屋に分かれた。各部屋で「教員間のコミュニケーションはあるの?」など質問の声が飛び交った。

 県内の小学校に非常勤で働く女性(50)は、現在はクラスを受け持っていない。今後、担任として教壇に立つ不安をなくし、スキルアップしたいと講座への参加を決めた。「学校現場に身を置く中で、クラスを受け持つ教員にかかる負担の重さを実感してきた。何か役立てることはないかと思った」。参加者は、現在の職場からの転職も視野に入るため、現雇用者との関係から匿名を条件に取材に応じた。

 「今後は、受講者が働き方をよりイメージしやすくなるようにしたい」と諸星さんは話す。座学だけでない実践的な研修講座を目指すという。例えば「授業づくり」を体験するワークだ。同センターが開く教員育成に関する他講座で既に開講しており、教員経験のある同センター員から、指導やアドバイスが貰えるというもので、「ペーパーティーチャー研修にも導入し、座学を生かせる場にしたい」と話す。

 一橋大大学院の中田教授もペーパーティーチャー研修講座について、「現場教員の生の声でリアルなやりがいを伝えてほしい」と話す。その中で、誰に伝えるのかを重要視すべきだという。「ペーパーティーチャーと一括りに言っても、かつて教員であった人と教育経験のない人といる。「今の学校現場がどんな状況なのか」は共通して伝えつつ、教員経験の無い人に対しては(それに加え)仕事のやりがいもしっかりと発信することが大切」と語った。