定時退勤 率先する教員たち

教員支援団体「意識改革」を強調

カギ握る職員室の雰囲気

 学校教員の長時間労働は、教員志望者が年々減少している1つの要因として挙げられる。残業を余儀なくされる要因は単純な仕事量の多さだけではない。その裏には、働かなければと1人で抱え込んでしまう教員たちの意識もあった。そんな中、教員が働きやすくなるようにと、仕事の見直しと意識の改革を同時並行で進める取り組みが行われ、自ら率先して定時退勤に努める学校教員も出ている。(年齢や教員歴は取材時)

教員として感じてきたことについて話す早川奨さん(2023年12月20日午後6時39分、神奈川県内)柞木田彩奈撮影

「17時に上がれる風潮作りたい」

 「定時で上がる感覚が無さすぎて、定時で帰れそうになると本当に帰っていいのかドキドキしていた」と話すのは、神奈川県内の公立高校で教員を務める早川奨さん(34)だ。早川さんは教員12年目で、これまでに2つの高校で教壇に立ってきた。そこで感じてきたのは、残業が常態化し、教員の過重労働が続く現状だった。教員の定時は17時であるにもかかわらず、初任校の高校では少なくとも19時までは残業する、というのが当たり前になっていたという。

 現在赴任している高校では、生徒対応や会議などで残業する日はあるものの、定時で帰れる日には率先して帰るようにしているという。「何もなければ17時に上がれる風潮を僕は作りたいんです」。先輩教員も後輩に対して「仕事終えたら帰りな」と気さくに声をかけてくれる環境だと言うが、帰りにくい雰囲気が今も拭いきれずにいると早川さんは感じている。

 「職員室内での帰りづらい雰囲気を生み出しているものは、先輩よりも先に帰っていいのかという罪悪感。自分を気遣ってくれる先輩が残業している中で定時に上がるのは、若手の教員だと特に心苦しい」。

教員の意識改革について話す五十嵐司さん(2024年4月24日午後3時47分、オンライン)柞木田彩奈撮影

 神奈川県内の私立中高一貫校で教員を務める五十嵐司さん(29)も、仕事と自分の時間のメリハリを示すよう心がける一人だ。自分のやりたいことを一番大切にしながら仕事との両立を続けている。オンライン教育支援ツールの「ロイロノート」の普及を促す活動や、自身のテニス好きが高じてテニスサークルを立ち上げるなど活動の幅が広い。「やりたいことを追い求めていたら気づいたらこうなった」と五十嵐さんは話す。「忙しい毎日だが、自分の時間を作るように心がけている」と話し、「仕事を定時の時間内に切り上げてテニスをしに行くときもある」と楽しそうに語った。

 教員の過剰な負担を取り除こうと、教育機関の外から労働環境の改善を支援する市民団体も出てきた。教育現場の風潮の改善と、教員1人ひとりの意識改革を車の両輪として取り組むNPO法人「教員支援ネットワークT-KNIT」だ。代表を務める塩畑貴志さん(38)は、教育委員会のICT支援員として学校現場を見たことで教員の苦悩を目の当たりにし、教員支援に従事することを決めた。

 塩畑さんは、環境の改革と教員の意識改革は必ずセットで行わなければならないのだと念を押す。「仕事量を減らして教員が自分の時間を確保できるようになっても、生まれた時間を新たな仕事のために使ってしまう」。その経験から塩畑さんは、教員が仕事との切り替えを行えるようなマインドづくりの重要性を実感したのだという。「教員や保護者の目を感じて仕事を埋めなきゃと思い込んでしまう人が本当に多い。自分の幸せを一番に考えるようになってほしい」と話す。

地域の理解も大切に

教員の意識改革について話す塩畑貴志さん(2024年4月24日午後3時47分、オンライン)柞木田彩奈撮影

 多くの学校をまわって教員支援の活動を広めている塩畑さんは、学区によって教育に対する価値観の違いがあると感じている。「長年にわたって地域住民が教育に対して協力する学区は、子どもたちの通学を見守ったり日頃の挨拶などの交流が盛んで、町全体を教育の場にしようという基盤が出来上がっている。たとえ校長先生が変わったとしてもその伝統や雰囲気は受け継がれていく」という。地域の理解があるかないかで教員の疲弊感が様変わりしてしまうことを実感する出来事があったという。

 「A学区は学校と地域住民との交流が活発で、教育に対してやる気のある人が集まりやすい空気感。ところが、隣接するB学区では地域の問題が起こったら何でもすぐに学校に電話が来ていた。苦情の電話が後を絶たず、教員のストレスもかなり重くのしかかる。B学区の地域ではそもそもご近所交流がなく、地域の子ども会や廃品回収までなくしてしまった。学校崩壊どころか地域崩壊の状態。すぐ隣なのにこの差には驚いた」。塩畑さんはこのことを忘れられずにいる。

「教員支援の活動で地域づくりもセットで行っている団体はほとんどいない。教員支援の根本的な改革には地域の学校に対する理解が欠かせないのだ」と塩畑さんは話した。

「職員室でどんな話をしますか」

 教育法制が専門の一橋大学大学院・中田康彦教授(55)は、現役教員と話す機会で必ず聞く質問があるという。それは「職員室でどんな話をしますか?」というもの。学校現場の中でも特に閉鎖的な空間である職員室での会話内容を探ることで、その学校全体の雰囲気をある程度は把握出来るのだという。「教員はON・OFFの切り替えが曖昧な仕事。悩み相談まで堅苦しいものでなくても、気さくに会話できる雰囲気があるのとないのとではストレスの差が歴然だ」と話す。

 中田教授が以前、ある学校に着任した新人教員に同様の質問を投げかけた際の返答が忘れられないという。「職員室では周りに声をかけづらい。みんなまるでパソコンとお話しているようだ」。このような職員室の状態は危険だと中田教授は警鐘を鳴らす。「先輩教員は『いつでも相談してね』と言っていても、声をかけづらいオーラを各々が自然と出してしまっている。ちょっとした相談が出来ないと、悩みや不安が蓄積され一人で抱え込んでしまう」

 職員室でのコミュニケーションについて、現場教員の早川さんと五十嵐さんの二人とも「教員間の会話は積極的にある」と話す。だがその話題は仕事が大半だという。

 五十嵐さんは「会話の内容の8割が生徒についての相談事で、残りの2割は働き方に関する不満を語り合っているような印象」だという。「教員はみんな同じような悩みや不安を抱えている。働き方への不満は共通認識だから共有しやすい」と、ストレスを一人で抱え込まない雰囲気が職員室の中で生まれていると話した。一方で、そこから先の行動になかなか発展しない現状を危惧している。「ほとんどの教員がストレスを発散してそこで終わりにしてしまっていて、仕事の多忙さにどこか諦めの気持ちでいる人が多い。何か行動を起こそうとする人がもっと出てくると風向きも変わるのではないか」と話した。