コロナ休校、見つけられない虐待

家にこもりリスク上昇、なのに減った通告数

昨春、初の緊急事態宣言の裏で

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 昨年から続く新型コロナウイルス感染症の流行は、児童虐待防止に取り組む自治体の現場にも影響を及ぼしている。自治体担当者によると、初めての緊急事態宣言が出された2020年3月、全国の学校が休校措置を取った際には、在宅時間が増え虐待リスクが上がったのに自治体への虐待通告は減少し、家庭での虐待に学校が気付く機会が失われた疑いが浮上した。長く続くコロナ禍では家庭を訪問しての虐待対応が嫌がられることもあるという。コロナ禍で、家庭での虐待の増加が統計に明確に出てきているわけではないが、それも近年の法改正による通告件数急増に埋もれて目立たないだけという恐れは残るという。

子どもの福祉・権利擁護に取り組む川崎市の機関「川崎市こども家庭センター」(2021年7月9日、川崎市幸区)堀内彩未撮影

 「去年の4月初めて緊急事態宣言に入ったとき、学校も保育園も休みになり、通告数が減った。いやだなと思った。家にこもる時間が増えているからリスクとしては上がっているのに、通告数が減っているところに気持ち悪さを感じた」。川崎市こども家庭センターの相談調整担当課長補佐、石田博己さんは振り返る。同センターは川崎市の川崎区・幸区・中原区を管轄し、子どもに関する相談に応じることで、子どもの福祉・権利擁護に取り組む市の機関だ。

「最初の緊急事態宣言下では、皆さんの意識がコロナウイルスに向かっていたこともあるし、子供を客観的に見る人が少なくなった。学校が休みになる弊害は大きい。通告する人が少なくなる」。休校措置が終了してからは通告数も戻ってきたと石田さんは指摘する。休校の間は、学校による子どもたちの見守りが難しく、児童相談所は児童虐待に気づくことが困難になっていたことが示された形だ。

 コロナ禍では多くの企業、団体がリモートワークを推進し、現場に出ての活動は制限を余儀なくされている。そんな中でも、石田さんは「虐待対応は全く変えていないですね」。強く断言した。川崎市こども家庭センターでは、手洗いや検温などの感染対策を講じ、コロナ禍においても虐待対応だけは通常時と一切変えずに当時から現在まで取り組んでいる。しかし、「嫌がられるときはありますね。訪問の時に、この時期なんで来るんだとか。でも自分たちは役割として必要なことは説明しながら、安全確認とか必要な訪問・面接は協力を求めながらやっています。」とコロナ禍の虐待対応の難しさについても石田さんは言及した。

 最近、児童虐待相談件数は増加を続け、多くのメディアで新型コロナウイルス対策で在宅時間が増えた影響ではないかと報じられてきた。しかし石田さんによると、実際のデータから直接にコロナ禍の影響が読み取れるわけではないという。「働いていると新型コロナウイルス流行に伴う在宅ワークによって、不調和が増えているように肌で感じてはいるが、統計の数字には出てこない。虐待の種類別でも極端な変化は見られない。新型コロナウイルスの流行によって、児童虐待は増えているとは思うが、法改正による虐待件数の増加に埋もれてしまっているのではないか」というのが石田さんの分析だ。現場の実感としてはコロナ禍での児童虐待の増加を疑っているが、法改正に伴う件数急増が非常に大きいため、コロナによる増加があったとしても分からなくなってしまっているということになる。

 厚生労働省のデータによると、データのある1990年から児童虐待は一貫して増加している。2019年中に、全国215か所の児童相談所が児童虐待相談として対応した件数は過去最多の193,780件で、10年前の2009年と比較すると4倍、20年前の1999年と比較すると16倍となった。

厚生労働省が2021年8月27日公表した資料から

 急増の背景には法律の改正がある。児童虐待防止法は2000年11月の施行から4年後に1度目の改正が行われ、児童虐待に関する通告の対象が、虐待を「受けた児童」から「受けたと思われる児童」に拡大した。保護者以外の同居人のネグレクトや、児童の前での配偶者に対する暴力も児童虐待に含まれ、やはり通告対象が広がった。これによって、多くのケースが児童虐待として通告されるようになった。さらに3年後の2007年には2度目の改正により、児童の安全確認などのための立入調査の強化や保護者に対する面接・通信の制限の強化が図られ、児童相談所の様々な権限がさらに強化された。この法改正を経て、児童虐待の発見や通告があらためて増加した。

 これから大人として子どもを守っていく立場となる若者や大学生へ向けて、石田さんは、「子どもの権利を守るということはどういうことなのか考えてほしい。子どもは最初、自分で自分の権利を守れないから、親が守ってあげるしかない。その中でそれを取り巻く機関の中で児童相談所があるということを知ってほしい」と呼びかけた。


児童虐待を把握した児童相談所は何をするのか

 児童虐待の相談、通告がされると、児童相談所でまず、緊急性の判断を行う受理会議が行われる。その後、48時間以内に児童の安全確認が行われる。この安全確認は家庭への電話などによる確認ではなく、直接目視と決められている。他にも学校、保育園などからの情報収集を行い、その結果に基づき援助方針会議が行われる。この会議によって子どもや保護者に対する最も効果的な援助方針を作成、確認し、各家庭に合わせて在宅指導や一時保護、施設入所などの措置が取られていく。神奈川県では2018年には865人、2017年には752人の児童を一時保護している。

 今日の児童相談所には特に児童虐待への対応が期待されているが、家庭や子どもに関する相談もできる。子どもの障がいや非行、子育ての悩みや里親になる際の相談、また、保護者が病気や出産で養育困難になった際にも相談ができる。このように児童相談所は多様な相談を受け付けている。児童養護に関する幅広い相談を受け付けることも一つの虐待防止策といえる。


NPOも法改正提言 結愛ちゃん事件機に法制度改正求め

 児童虐待防止に取り組んでいるのは児童相談所だけではなく、民間でも活動が広がっている。その一つ、NPO法人児童虐待防止全国ネットワークは、虐待の未然予防のための制度提言や啓発活動に焦点を当てる。虐待事件が起こってからの対処をメインに行う児童相談所とは違う角度での取り組みだ。

 制度提言面では、虐待相談で関与した親子が転居した場合、転出元と転出先の児童相談所や自治体間の情報共有を速やかかつ詳細に行うことなどを求めて法制度改正の提言を行った。東京都目黒区のアパートで2018年3月2日に船戸結愛ちゃん(当時5歳)が親の虐待による栄養失調で死亡する事件では、結愛ちゃんら家族が香川県から東京都に引っ越した際に両都県の児童相談所で引き継ぎが不十分だったことを受けた提言で2019年6月19日に成立した改正児童福祉法・児童虐待防止法に反映されている。

 また、一度目の緊急事態宣言によって全国で休校措置が取られた2020年3月には個人サポーターや、支援企業・団体に向け、子どもは勿論、保護者への育児サポートなどの協力を呼びかける「小中高等学校での休校措置に伴う子ども虐待発生の予防に関する提言」をとりまとめた。

 啓発活動としては、シンポジウムの開催やオレンジリボン運動という市民運動を行っている。オレンジリボン運動は、児童虐待防止のシンボルとしてオレンジリボンを周知し、多くの市民に子ども虐待の問題に関心を持ってもらうこと、市民のネットワークにより、虐待のない社会を築くことをめざしており、2021年8月28日現在、個人サポーターが24,106人、企業や団体のサポーターが1,007社いる。

 同ネットワーク理事長の吉田恒雄さんは取材に対し、若者や大学生へのメッセージとして「児童虐待というのはどこでも起こりうる。偏見の目で見るのではなく、困っている家族に温かい支援の手を差し伸べてほしい。また、あなたにもできることがある。自分事として考えてほしい」と呼びかけた。