大変は大変だけど、普通なんじゃないかな

障がい児 スローステップで一段一段

親子で取り組む自立

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 山中恵里香さん(51)にはダウン症の息子がいる。障がい児の子育てはどのくらい大変なのか。山中さんは「普通の子育てはしたことがないけれど、そんなに変わらないんじゃないかな」と話す。川崎市ではインクルーシブ教育(障がい者を教育から遠ざけないため、障害のある子どもでも普通学級に通うことができる)が導入され、障がい者が地域から疎外されない取り組みもなされている。一方、14歳の弟に障がいのある専修大学人間科学部の渡邊ひなさん(18)は「障がい者のちょっとした日常を知ってほしい。その小さな気づきが障がいのある子にとって大きな影響なんだと思う」と話す。

樹々の会の黒門祭運動会で子どもたちの活動を見守る山中恵里香さん(左)と向久保裕美さん(2023年7月1日午後3時31分、川崎市多摩区の専修大学生田校舎総合体育館)矢澤清彩撮影

その子なりの自立を

 「自立はスローステップ」。山中さんはダウン症の子どもをもつ親として障害児当事者団体「ジョイフル」の代表を務めている。「将来お互いが不幸にならないために、年齢ごとに出来る目標を立て、一段一段スローステップで取り組んでいる」と語る。

 具体的な取り組みとして、小学生の時は6年間をかけて学校に独力で通えるようになるという一つの自立の目標を立てた。その目標を達成するために、1年生の時は教室まで送り、出来るようになったら次の年は昇降口まで。段階を踏んで確実に目標達成に向かっていった。一人で通えるようになると中学校ではインクルーシブ教育により地元の中学に通うことも出来る。「地元の中学に行くために親がついていくという方法もあるけれど、(通うことができていると)選択肢が広がる」。小さな目標の設計と達成の積み重ねだという。

 自立については、将来一人で暮らすことや、将来どこまで出来るかを考えて取り組んでいるという。30歳までに親元を離れ、グループホームなどで生活できるようにするために何が出来るようになればよいのか。そのために求められることを出来るようにするため、取り組んでいる。「その子なりの幸せ、その子なりの自立でいいと思います」。山中さんはそう語った。

 「あーそれですね」。向久保(むかいくぼ)裕美さん(51)は7年前、手が痛くなり病院にかかった際、問診の中でダウン症の娘がいると言うとすぐにそのような言葉をかけられた。娘は当時すでに小学校高学年。抱っこなどするはずもなく、娘が手の痛みに関係するとは思えなかった。そう伝えても先生の意見は変わらず、「先生なのに分からないのかなと思った」。世間の認識と実際に子育てをしている感覚とのズレを話した。「もちろん大変な面も普通に比べたら多いけど」。健常児の子育てと同じで、大変なことが全てではないと話す。

自立は事業所も一緒にやっていく

 自立生活支援会社「谷ぐち介助クラブ」の管理者・サービス提供責任者である谷口順さん(54)は自立について、「早い段階から(支援会社が)親御さんと一緒にやっていかないとだめだ」と語る。そう語るのは過去に同クラブの利用者である障がい者とその親の関係が円滑でなくなり、それが原因で地域での自立に踏み切ることができなかったケースがあるからだ。支援者と利用者の関係では不満が形にならなくても、親子関係というものは特別なため、不満がお互いに溜まり、暴力さえ出てしまうこともある。そのせいで「もう自宅では見きれない」と、地域での生活を諦め、施設への入所を決める親もいるという。だが、障がいのある子どもを育てる負担を親だけで抱えるのではなく、支援者が対応することで地域での自立生活を送ることができる。谷口さんはそのことを親に知ってもらうためにも早い段階から親と支援者が一緒にやっていくことが重要だと話す。

「ありのままの『その方』を社会で受け入れてもらいたいというスタンスで支援する」と話す「谷ぐち介助クラブ」の谷口順さん(2023年6月16日午前11時18分、東京都世田谷区の谷ぐち介助クラブ)矢澤清彩撮影

 加えて、「ありのままの『その方』を社会で受け入れてもらいたいというスタンスで支援している」という。電車の中で飛び跳ねて大きな声を出してしまう人がいたとしても、支援者がその言動に「テンション高いね。そりゃそうだよね、電車好きだもんね」と楽しそうに過ごしていれば、周りからは、少し声が出て飛び跳ねたりしているけれど、好きな時間を過ごしているのだと理解してもらえる。「そうすることで、電車では静かにするという健常者のルールの中でも、日常の光景になる。その人が『その人』として、ありのまま理解される」。谷口さんは、利用者のありのままを地域で受け入れてもらうために、支援者が自分らしくいることも重要なことだと話す。

 ありのままを受け入れるということに健常者も障がい者も変わらないと話す。「自分たちも、自分らしい格好で支援している」と話した。

健常者は自分を「普通」だと思いすぎている

 専修大学人間科学部心理学科の渡邊ひなさん(18)には中度の学習障害のある弟、悠斗(はると)さん(14)がいる。悠斗さんは見た目では障がい者とは分からない。一見すると困っていないように見えても悠斗さんは助けを求めている時がある。ひなさんは、障がいが特徴として現れていないからこそ、話したり遊んだりすることでコミュニケーションを取り、何かあった際には声かけなど日常のサポートをしてほしいと語る。

「誰一人普通な人なんていない」と話す専修大学人間科学部の渡邊ひなさん(2023年6月12日午後0時11分、川崎市多摩区の専修大学生田校舎7号館)矢澤清彩撮影

 「弟は周りの環境が良かったおかげでここまで成長できた」。周りの人の理解があるのか無いのかで成長も変わるのではないか。ひなさんはそう考える。実際に障がいのある弟と接する自分と、接したことのない人の態度の違いを感じたことでその考えは鮮明になった。

 ひなさんは中学生時代に障がいのあるクラスメイトがいた。あまり話すことの出来ない子で、そのことを他のクラスメイトが影で悪く言っていた姿を見ていた。自分は弟がいるから一緒になって言いたくないし、そのクラスメイトに声もかける。しかし、接したことのない人は「普通じゃないから」と、遠ざけてしまう。「誰一人普通な人なんていないのに、あの子は普通じゃないと決めつけている」。自分たちが一般だという意識が定着しているのではないかと話した。

 そんな経験から、弟のクラスメイトが弟に関わってくれるか心配があった。しかし、心配とは裏腹に、周りの環境は良かった。遊びに行こうと外に連れ出してくれたり、ゲームに誘ってくれたり。「関わり合いがあったからこそ、ここまで成長出来たと思う」。笑顔を見せて振り返った。

 弟がいることで、ひなさんは心理学に興味をもった。将来は障がい当事者が地域で働ける場所をサポートしていきたいと考え、勉強に励んでいる。「見た目じゃ分からない障がい者もいるので日常を知ってほしい。関わり合うことで視野が広くなると思う」。