車いす観戦「場所選べるように」

ゴール裏、設備はあるのに使えず

当事者、Jリーグへ要望書

特集 車いすのサッカーファンを阻むのは(上)

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鹿島のマスコットと写真に収まるサポーターの宇野さん=2023年10月28日、茨城県鹿嶋市のカシマサッカースタジアムで(宇野さん提供)

 「国立競技場は、車椅子席がフィールドを囲んで約500席設置されているスタジアムです。このようなハード面が整っているスタジアムならば本来、希望するエリアの車椅子席を個々に選択できる環境にあるはずです」
 昨年12月。サッカーJ1鹿島アントラーズのサポーターで、車いすに乗る宇野奈穗(なほ)さんは、Jリーグの担当者とオンライン画面越しに向き合い、車いす席の運用の改善を求める要望書を提出した。
 宇野さんは、国立競技場(東京都新宿区)で同年11月に行われたJ1のヴィッセル神戸対鹿島アントラーズ戦で、熱烈サポーターが集まる「ゴール裏」エリアでの観戦を望んでいたが、叶わなかった。日本スポーツ振興センター(JSC)の資料によると、国立競技場には、車いす席が計500席、グラウンドを一周する各エリアに設備としては設置されているにもかかわらず、主催者の神戸はゴール裏側に車いす席を用意しなかったためだ。
 健常者であれば座席に応じた料金を支払うことにより、どの観戦エリアも自由に選べるが、「健常者と同様の選択肢」(宇野さん)が得られなかった。宇野さんは「同じ熱量を持つサポーターのところに行き、応援したかった」と肩を落とす。

設計時、障害者団体交え会議したが

VIRIDISのオンライン取材に答える「DPI日本会議」の佐藤聡・事務局長(Google meet画面のスクリーンショット画像)=2023年11月28日午後1時半ごろ、大森遥都撮影

 2020東京五輪(2021年夏開催)のメインスタジアムとなった国立競技場は、「世界最高のユニバーサルデザインを導入したスタジアムとする」(JSCの報告書)ことを目標とし、障害者団体や子育てグループら14団体を交えた「ユニバーサルデザインワークショップ」(UDWS)が実施された。
 UDWSは、基本設計の段階から施工段階までの期間に、計21回行われたといい、車いすに乗る人が、前席の人によって視界が遮られないようにするためのサイトライン(目線)の確保などにもつながった。車いす席も、国の基準では設置義務がない中、計500席の設置を実現した。

 しかし、宇野さんと共に要望書を提出し、UDWSにも関わった障害者団体「DPI日本会議」の佐藤聡(さとし)・事務局長(56)は、「せっかく設備があるのに、それを使えないようにしている点で、(施設側ではなく)主催者の問題だ」と話す。

 そのうえで、「主催者が『健常者がゴール裏席で観られるように、車いすの人も観戦できるべきだ』という考えを持っていないことがある。そのため、国立競技場の良い設備が十分に活用されず、障害のある人が差別される状況になっている」と試合の運営側の対応の不十分さを指摘した。

「できません、だけでは…」 対話求める

 宇野さんが提出した要望書では、対話の重要性も強調している。「クラブに対する過重な負担がない範囲での当事者との対話」を求める文言を盛り込んだ。
 要望書を出すきっかけになった試合について宇野さんは試合前の10月上旬、主催する神戸に問い合わせをしたものの、ゴール裏席の販売がないことは「運営上の理由」で、「詳細については非公表」と返答があっただけだった。
 「こういう理由で不可能だ、と伝えてくれれば納得できますが、説明もなく『できません』と言われるだけだと、『うーん』となってしまいますよね」

 宇野さんは、試合後も、神戸市の障害者差別に関する相談窓口などを通じて神戸に複数回にわたり説明を要請していた。
 これを受け神戸は今年2月中旬になり、宇野さんに対応をメールで説明。ゴール裏席の車いす席を販売していなかったのは「お客様がご利用されるであろう席数、お客様の導線までの案内体制、チケット販売にかかる準備期間、運営にかかる費用等」を検討した結果だとした。
 対応について「ご説明が不十分であり、車椅子をご利用のお客様への寄り添いが十分ではなかったと認識しております」として謝罪があった。
 VIRIDISは、神戸に取材を申し込んだが、「取材はお断りさせていただきたい」(広報部)との回答だった。

建設的対話拒否は「合理的配慮義務に違反の可能性」

 障害者差別解消法では、障害者から社会的障壁(バリア)をなくすよう求められた際は、行政機関や事業者に対し、「実施に伴う負担が過重でない場合」には「合理的配慮」を提供するよう求めている。同法の基本方針には、難しいケースには障害者と事業者とが実現可能な代替案を検討する「建設的対話」の重要性が記されている。

国立競技場には車いす席が計500席、グラウンドを一周するかたちで設置されている=JSCの「国立競技場・ナショナルトレーニングセンターのユニバーサルデザイン」より

 内閣府の障害者施策担当者は取材に、「個別具体的な案件については、回答できない」とした上で、一般論として、「建設的対話を一方的に拒むことは、合理的配慮の提供義務違反となる可能性がある」と回答した。

識者「できない理由、具体的に説明する責任」

 合理的配慮についての著書がある放送大学の川島聡教授(障害法)は、「建設的対話とは、障害者の抱えている制限をどう無くすかを、当事者と相手方とで一緒に考えていこうとする姿勢だ」と解説し、「障害者の意向に沿えない場合、主催者は、できない理由を具体的に、かつ丁寧に説明し、当事者の理解を求める責任がある」と強調する。

 主催者の神戸の当初の対応は、「(合理的配慮が実施できない理由になる)過重な負担があるかどうかが伝わらず、法の趣旨からすると好ましくない態度だ。障害者差別解消法に抵触する可能性がある」と見解を示した。

放送大学の川島聡教授(本人提供)

 神戸の2月の説明については、「建設的対話の不十分さを認め、謝罪していることは評価できる」とした一方、「事態が大きくならないと対応を変えてくれないと捉えられかねない。指摘を受けずとも、当初からこうした対応をすべきだった」と述べた。その上で「『安全』という言い分は、障害者を排除するときによく使われる。どのような理由で安全を確保できないかを、より具体的かつ丁寧に説明することが(神戸には)求められる」と指摘した。

 また、「当事者に早めに理由を説明することは、(対応ができなかったとしても)別の配慮を検討することに繋がる」として、試合前の説明が望ましかったとの認識を示した。

 神戸のような事業者では、24年3月末までは合理的配慮の提供は努力義務だが、「合理的配慮の不提供を繰り返し、自主的な改善が期待できない場合などには、努力義務であっても行政指導を受ける対象になり得る」と話した。

2月の大会ではゴール裏に車いす席

国立競技場=2023年12月9日午後4時25分、東京都新宿区で、大森遥都撮影

 国立競技場で2月17日に開催したカップ戦「FUJIFILM SUPER CUP 2024」(ヴィッセル神戸対川崎フロンターレ)では、車いす席が、メインスタンド、バックスタンドとともに、両ゴール裏にも用意された。Jリーグは、所属する各クラブに対し、障害者への合理的配慮に関するアンケートを実施しているという。宇野さんは要望書の提出後、Jリーグ側からこれらの対応について説明を受けた。

 宇野さんが難病の影響で車いす生活になったのは数年前で、「車椅子に乗っただけで、こんなに制限を受けていることが許せず、変えたいという気持ちがあった」と話し、要望書の提出などの行動は「Jリーグが好きだからこそだった」と振り返る。

 「自分でも長く観ていきたいし、いろいろな人が楽しいと思える場になってほしい。今回だけで終わってはダメで、ここからがスタートなのだと思う」


 バリアフリーやユニバーサルデザインの整備は、建物などハード面では進んできたが、対応などのソフト面は大きく後れを取っている。2024年4月からは、障害者差別解消法の「合理的配慮の提供」が、これまで努力義務だった事業者にも義務化される。「世界最高のユニバーサルデザインスタジアム」を目標にした2020東京五輪のメインスタジアム・国立競技場での事例から考える。特集(下) 車いす利用者に「それならTVで」

車いす席24年度にも設置義務 これまでは基準なし
 劇場やスタジアムなどの車いす席については、現状では設置数の義務基準がない。国土交通省は見直しのため、当事者団体や学識経験者らをメンバーとするワーキンググループ(WG)を設置。2024年度にも、新たに義務基準を設ける方向だ。
 WGなどで提示された見直し案では、総客席数が400以下の場合は車いす席数を2以上とし、400を超える場合は0.5%以上の設置を義務付ける。延べ床面積が2000平方メートル以上の建築物が対象となる。

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